インキュベーターに湿度はなぜ必要なのか?ドライインキュベーターとの違いを徹底解説

培養の重要な装置である「インキュベーター」

様々な種類があるインキュベーターですが、主な機能は温度湿度CO₂濃度の3つの要素の調整と維持です。

今回はこの中で湿度に注目してみましょう。

インキュベーターは、庫内の湿度に注目するとおおまかに「自然加湿式インキュベーター」「ドライインキュベーター」の2種類に分けることができます。

この記事では、それぞれのインキュベーターの湿度調整の仕組みと特徴を解説していきます。

自然加湿式インキュベーターとは

「自然加湿式インキュベーター」という名称は、正式な名称ではありません。

というのも、大部分のインキュベーターは基本的には自然蒸発により加湿できるようになっているので、わざわざ「自然加湿式」のような表記はありません。

通常のインキュベーターには加湿水が必要

加湿水の残量には常に気を遣う必要があります

自然蒸発による加湿機能の付いている一般的なインキュベーターとそうでないものを区別するために、この記事の中では便宜上このように呼びます

湿度は必須?インキュベーターの自然加湿機能

まず、なぜインキュベーターには湿度が必要なのかをみていきましょう。

多くの細胞は液体である培地(培養液)の中で培養されます。

場合によってはゲル状の基材(足場)や、空気にさらした状態で培養されることもありますが、いずれにしても水分を多く含んだ環境が不可欠です。

培地は液体であることが多い

液体の培地の中で細胞は育ちます

この培地の水分が蒸発してしまうと、培地の成分の濃度が変化するため、細胞の成長に大きな影響を及ぼします

そのためインキュベーターの湿度を保つことは、細胞培養にとって非常に重要です。

言い換えれば、「培地の水分が蒸発しないような環境が、細胞培養には必須」といえるでしょう。

自然加湿ができるインキュベーターは、加湿のために必要な水がチャンバー内(庫内)に置かれているのが特徴です。

バットに貯めた水の自然蒸発により加湿します

加湿水は定期的な交換を

特徴をまとめると…

  • 内部に水槽(バット)や加湿用デバイス(超音波発生装置など)が備えられており、一定の湿度を維持
  • 一般的に、湿度は90%以上で使用される
  • 湿度センサーと自動制御システムにより、庫内の湿度を設定することが可能(少数ながら存在します)

メリット

  • 高い湿度を維持することで培地の蒸発を防ぎ、長期間に渡って培養が可能となる。
  • 湿度によりチャンバー内の温度やガス濃度の急激な変動が抑えられる。

デメリット

  • 水槽の清掃や加湿器の点検など定期的なメンテナンスが必要
  • 高湿度の環境下では湿度による悪影響(温度ムラによる結露発生や微生物の繁殖)を受ける可能性がある

ドライインキュベーターとは

「ドライインキュベーター」とは、加湿機能を持たず、湿度を制御しない状態で使用するインキュベーターを指す、便宜的な呼び方です。

ドライインキュベーターには加湿水がありません

ドライインキュベーターでは培地を蒸発させない工夫が必要です

このようなインキュベーターは2000年代初頭から出始めており、当時は非加湿型(non-humidified)インキュベーターとして認識されていました*1Potter SM. et al., J Neurosci Methods, :2001; 110(1-2): 17-24)。

その後、特に胚(受精卵)を培養する体外受精(不妊治療)の分野で広く使われており、現在では細胞の成長を連続的に観察できるタイムラプスインキュベーターでも採用されています*2Watanabe H, et al. Exp Anim, 2022;71(3):338-346)。

加湿機能を持たないタイムラプス
インキュベーター

加湿されていないからこそ観察に必要な機器が設置可能となります

しかし、大抵の細胞培養では、乾燥しすぎると細胞の脱水(主に培地の浸透圧の上昇が原因)やストレスが生じ、培養の成功率が低下してしまいます。

先ほど「インキュベーターには湿度が必須」といいましたが、これは「細胞を乾燥させない仕組みが必須」とも言い換えることができます。

*1: Potter SM, et al., A new approach to neural cell culture for long-term studies. J Neurosci Methods. 2001;110(1-2):17-24.

*2: Watanabe H, et al. Effects of oxygen tension and humidity on the preimplantation development of mouse embryos produced by in vitro fertilization: analysis using a non-humidifying incubator with time-lapse cinematography. Exp Anim. 2022;71(3):338-346.

加湿を必要としない、独特の乾燥防止方法とは

ドライインキュベーターでは、庫内に加湿機構を設けずに細胞培養を行うため、培地の蒸発を防ぐ独自の対策が必要です。

代表的な方法として、培地表面にミネラルオイル(鉱油)を重層する手法が用いられています。

胚(受精卵)培養では培地を
ドロップ状にします

数十マイクロリットルの培地で
ドロップを作ります

最後にオイルを重層して完成です

ミネラルオイルは水分子の透過性が極めて低いため、培地中の水分の蒸発を物理的に抑えます。

一方で、二酸化炭素(CO₂)や酸素(O₂)といった気体分子はある程度透過できるため、培地のpH維持や細胞への酸素供給といったガス交換機能は保たれることになります。

オイルは培養専用の高純度品を使用します
ドロップを一度に多数作ることもあります

オイルの重層は慎重におこないます

これにより、自然加湿機能のついているインキュベーターと同等の効果が期待できるのです。

特徴をまとめると…

  • 培地自体にミネラルオイルを被せることで水分の蒸発を防ぐことができる
  • 自然蒸発による加湿機能が付いていないこと以外は基本構造は通常のインキュベーターと同程度である。

メリット

  • 加湿の必要が無いため、庫内の湿度による微生物(カビや細菌など)の繁殖リスクが低い
  • 加湿機構が不要となるため構造がシンプルとなり、加湿バットの清掃や、加湿水の交換といった定期的なメンテナンスも不要となる
  • モデルによっては、加湿水をチャンバー(庫内)に置くことで加湿環境とするなど、柔軟な運用も可能

デメリット

  • 培地の蒸発を防ぐためのミネラルオイルの管理(特に量)が必要
  • ミネラルオイルを重層するため、広い培地面積(空気との接触面積)が必要となるような培養には不向き

どちらのインキュベーターを選べばよいか

「自然加湿式インキュベーター」と「ドライインキュベーター」、どちらも細胞を乾燥させないような仕組みがあり、それぞれの強みがあります。

  • フタに突起があるなどの工夫がされているディッシュや、キャップを緩めて使うTフラスコなどのように、ガスが容器内に直接届くタイプの培養では、加湿機能付きの一般的なインキュベーターの方が適しています。
    十分に加湿されていないと培地が蒸発しやすくなり、細胞に悪影響を与える可能性があるためです。
  • ドライインキュベーターは、ミネラルオイルで培地の蒸発を防ぎながら培養を行うタイプで、たとえば胚(受精卵)の培養や、タイムラプス観察を伴う長時間培養に適しています。

培地にガスが行き届くような培養容器を使用する場合は、自然加湿式インキュベーターをおすすめします。

フタに突起があることで培養容器にわずかな
スキマができ、ガスが行き届きます

フィルター付きでも加湿していないと培地が蒸発
するかもしれません

ガスが培養容器内に行き届く場合は
自然加湿式インキュベーターをお使いください

培地が蒸発しないようにミネラルオイルの重層などの工夫をしている場合は、ドライインキュベーターをおすすめします。

ミネラルオイルは培地の蒸発を防ぎます

胚(受精卵)培養ではミネラルオイルを重層します

培地蒸発の工夫がしてあるときはドライインキュベーター

目的と状況に応じて最適なものを選ぶことが、再現性の高い良質な結果へとつながります。

おわりに

インキュベーターは決して安価な装置ではありません。

自身の目的に合わせて、より適したものを選ぶ必要があります。

多機能の謳い文句やビジュアルに気を取られて、本来の目的である「求める培養結果」を見失わないことが大切です。

迷ったときは、メーカーや販売店などの専門業者に相談するのも有効な手段です。

きっと、あなたの研究に最適な一台を提案してくれるだけでなく、導入後も頼れるパートナーとなってくれるはずです。

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導入後も頼れる細胞培養のパートナーがきっと居ます

良いインキュベーターと良きパートナーにめぐりあえますように。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。