待望の最新版!タイムラプスインキュベーターを大解剖

タイムラプス撮影機能は、今ではスマートフォンのカメラ機能にも標準装備されるほど一般的なものになりました*1

タイムラプス撮影機能は様々な分野で活躍していますが、細胞培養の世界では特に重要な役割を担っています。

この革新的な装置はライフサイエンス研究における細胞動態の理解を飛躍的に進展させ*2 *3、以降様々な技術的改良が加えられてきました。

特に生殖医療(生殖補助医療。Assisted Reproductive Technology略してARTとも言われます)の分野においては、その有用性が高く評価され、現在では不可欠なツールとして確固たる地位を築いています*4

タイムラプスインキュベーター

今回は、タイムラプスインキュベーターの仕組みや、新しいタイムラプスインキュベーターではどんな改良がされたのかなど、詳しく見ていきたいと思います。

「名前は聞いたことあるけど、実際にはよく知らない」

「そろそろインキュベーターを買い替えようかな」

「タイムラプスインキュベーターって普通のインキュベーターと何が違うの?」

そんな方には特に、本記事を参考にしていただければと思います。

*1:96ウェルマルチプレート対応リアルタイム培養細胞観察システム(webarchive Decenber 13,2007.より)
*2:Suzuki T, et al. Growth inhibition and differentiation of cultured smooth muscle cells depend on cellular crossbridges across the tubular lumen of type I collagen matrix honeycombs. Microvasc Res. 2009;77(2):143-149.
*3:Araki R, et al. Conversion of ancestral fibroblasts to induced pluripotent stem cells. Stem Cells. 2010;28(2):213-220.
*4:アステック史上、最高画質の最新タイムラプスインキュベーター発売決定(PR Times 2025年4月27日より)

インキュベーターとタイムラプスインキュベーターについて

インキュベーターの概要

インキュベーターは、細胞や組織の培養に適した環境を人工的に作り出す装置です。

中でも「CO2インキュベーター」や「マルチガスインキュベーター」と呼ばれる装置が細胞培養の世界では一般的に使用されています。

これらインキュベーターの代表的な機能は以下の通りです。

  • 温度制御:通常37℃に設定されており、ヒトや哺乳類の体温に近い環境を維持します。
  • ガス濃度の調整:CO₂濃度やO₂濃度などを一定に保つことで、培地のpH安定化や細胞の正常な代謝を維持します。
    CO₂濃度のみを調整するインキュベーターを「CO2インキュベーター」と呼びます。
    ※CO₂濃度以外のガス濃度も調整できるインキュベーターを「マルチガスインキュベーター」と呼びます。
  • 湿度管理:高湿度(一般的には90%以上)を保つことで、細胞や培地の乾燥を防ぎます。
    ※培地の蒸発を防ぐ特別な処置(例.培地にオイルを被せる、密閉容器内で培養する、など)をおこなった場合は、高湿度を保つ必要はありません。

このように、温度・ガス・湿度の3要素を安定的に制御することは、細胞培養の品質と再現性を確保する上で不可欠です。
これらの条件が整備された環境は、基礎研究ばかりでなく再生医療・細胞治療・生殖医療など、さまざまな分野で活用されています。

タイムラプスインキュベーターの概要

タイムラプスインキュベーターは、従来の機能を持ったインキュベーターに、特殊なカメラ(デジタルスチルカメラや顕微鏡カメラ)が内蔵されているものの総称です。

これにより、細胞や組織の培養過程を長時間にわたって一定の時間間隔で画像撮影する「タイムラプス撮影」が可能となります。

その結果、細胞の成長過程の詳細な記録だけでなく、細胞品質の定量的評価や新たな生物学的発見にもつながる重要なツールとして、基礎研究および臨床応用(例:再生医療、不妊治療)に広く利用されています。

なお一般的なビデオカメラは現在ではほとんど使用されていません。かつては16mmフィルム*6やビデオテープにリアルタイムで録画する手法もありましたが、ビデオカメラ使用時の発熱と膨大な情報量に対応するため、次第にデジタルカメラへ移行していきました。

【主な特徴】

  • 自動画像取得:設定した時間間隔で自動的に画像を撮影してくれます。
  • 長時間観察:数時間から数日間にわたり、細胞の動態を連続的に記録可能です。
  • 高解像度:高品質な画像を取得でき、微細な変化も観察できます。
  • 環境制御:インキュベーター内の温度や二酸化炭素などのガス濃度、湿度などを一定に保ちつつ、画像撮影を行います。

*6:CAPERS CR. Multinucleation of skeletal muscle in vitro. J Biophys Biochem Cytol. 1960;7(3):559-566.

タイムラプスインキュベーターにすることのメリット

本来の目的である「細胞を培養する」だけであれば、わざわざタイムラプスにする必要はないかもしれません。

ではなぜコストをかけてまでタイムラプスが導入されるのか。

それにはやはり理由があるのです。

①インキュベーターから取り出さずに観察できる

細胞培養において、一番の天敵は温度・CO2濃度・湿度といった環境の変化です。

従来の方法では、細胞の観察のために庫内からディッシュを取り出す必要があります。

そのためインキュベーターから取り出したディッシュを観察している間にみるみる環境が変化してしまいます。

pHによって色が変わる色素を使って観察すと、5%CO2濃度のインキュベーターから取り出したディッシュのpHが急速に変化している(最初のオレンジ色ではpH7.3程度、後半のピンク色ではpH7.8程度)ことがわかります。

このような環境変化は細胞にとって大きなストレスとなってしまい、細胞本来の機能が失われ、最悪の場合は細胞の死を招くこともあります。

タイムラプスインキュベーターは庫内に観察用のカメラがあり、庫外からの操作が可能な場合が多い為、環境への影響を最小限に止めることができます。

タイムラプスインキュベーターの外観

庫内側に撮影機能が備わっています

対物レンズは庫内のディッシュの様子を観察します

②培養中の細胞を監視することの重要性

細胞の健康状態の把握

細胞の形態や増殖速度、色調などを随時観察することで、細胞が正常に生育しているかどうかを判断できます。

異常な形態や増殖の遅れ、色の変化は、感染やストレス、栄養不足などの問題を示すサインのため、それを見逃す危険が少なくなります。

汚染の早期発見

細菌や真菌、酵母などによる汚染は、他の細胞に拡散し、実験結果に大きな影響を与えます。
連続的な監視により、汚染の兆候を早期に発見し、適切な対策を講じることが可能となります。

実験の再現性と信頼性の確保

細胞の状態を継続的に監視することで、実験条件の一貫性を保ち、結果の再現性を高めることができます。
これにより、研究の信頼性が向上します。

細胞を回収する最適なタイミングの判断

細胞の増殖や分化の進行状況を把握し、最適なタイミングでの細胞回収や薬剤添加などの処理を行うことができます。
これにより、目的に合った最良の結果を得ることが可能です。

コストと時間の節約

培養中には、汚染以外にもさまざまなトラブルが発生する可能性があります。同時に、これまで見逃していた新しい発見があるかもしれません。それらを早期に発見し対処することで、無駄な再培養を避けることができ、コストや時間を節約することができます。

培養中の細胞のタイムラプス動画

(1)神経細胞

何も刺激を与えない場合は活発に移動する(左)。ある刺激を与えると突起状の構造が急速に作られる(中)。別の刺激を与えると突起状構造を作りながら移動する(右)。

(2)マウス胚

透明帯の内部で次々に細胞分裂が起こり、最終的に透明帯を破って出てくる「孵化(Hatching)」が起こる。

(3)iPS細胞

細胞自体はわずかに動くが、やがて集団(コロニー)を作るようになる。

培養している細胞をタイムラプス撮影することで、これまで見落としていた事実に気づくことができるかもしれません。

③後付けでもタイムラプスは導入できる

タイムラプスは魅力的だけど、なかなか簡単に買い換えられるものではないですよね。

今使っているインキュベーターにタイムラプスを導入できないだろうか?と考えるのは自然なことです。

もちろん、そういったニーズに応えるべく様々な後付けタイプのタイムラプス装置が販売されています。

庫内設置型タイムラプス装置(現在は廃番)

しかし、やはり初めからカメラが内蔵されているタイムラプスインキュベーターと比べるといくつかデメリットがあります。

インキュベーターの種類に応じて適切なカメラを選定

通常のインキュベーターでは高温・多湿に耐え、静音性の高いタイムラプスカメラを選びます。

多くの場合、インキュベーターの外側から観察できるタイプや、特殊な防熱・防湿ケースに入れた内蔵タイプがあります。

多湿ではないドライインキュベーターでは比較的設置が簡単ですが、温度ムラの対策が必要になります。

インキュベーターの庫内環境に配慮した設置

カメラや配線が温度や湿度に影響されないように設置し、換気や湿度調整も考慮します。

カメラやその周辺の電子機器は熱を発生させることがあります。

カメラの発熱により培地蒸発と結露が発生

長時間の運用でも温度上昇を抑える工夫が必要です。

電源の確保とデータ管理の整備

長時間の撮影には安定した電源供給が不可欠です。

また、停電や電圧変動に備え、無停電電源装置(UPS)の導入をするなど撮影データの保存・管理方法を整備する必要があります。

最新のタイムラプスインキュベーターで改良された点や特徴

現在販売されているタイムラプスインキュベーターは、その利便性の高さから、目的別のタイプがいくつも開発されています。

個別培養に対応したものや、光源を赤色LEDにすることで発熱を防ぐなど、様々な工夫が凝らされ、日々細胞培養の進歩に貢献しています。

個別培養が可能なタイムラプスインキュベーター

細胞へのダメージが少ない長波長(赤色)LED光源

その中で今回新たに発売されるタイムラプスインキュベーターは、主にカメラで撮影する画像の画質の向上に重点を置いています。

これまでよりも鮮明に胚の構造を映し出します

これからはAIにやさしい(認識しやすい)画像が求められます

何故画質の向上が重要視されるのか?

これは今、目覚ましい進化を遂げているAI技術に関係しています。

みなさんは「画像検索」というものをご存じでしょうか。

道端の雑草の花や、パッケージを捨ててしまった商品の名前、それらをスマートフォンなどで写真に撮って検索をかけると、インターネット上で似ているものを検索結果に一覧で表示してくれる…

これはAIを用いて画像を解析し、インターネット上に無数にある画像から酷似しているものをより一致度の高いものから提示してくれるのです。

この技術は今、細胞培養の世界でもかなり重要な役割を担いつつあります。

しかし、AIの技術が向上しても、解析する画像自体の画質が悪ければ、その真価は発揮できません。

そのため、タイムラプスインキュベーターのカメラの機能を向上させることで、より正確な解析が可能となるのです。

近い未来では細胞の形や動きを観察するだけで、その細胞がどのような運命をたどるのかを知ることができるようになるかもしれませんね。

事実、胚(受精卵)培養の現場では、AIを活用した培養評価システムが導入されつつあります*6

AIを用いた胚(受精卵)評価システムの一例

画像で細胞がたどる運命を知ることができるかも?

最新のタイムラプスインキュベーター*7

*6:AI技術による不妊治療ソリューションを事業ポートフォリオに追加(PR times 2024年11月13日より)

*7:Mashiko D, et al. Asynchronous division at 4-8-cell stage of preimplantation embryos affects live birth through ICM/TE differentiation. Sci Rep. 2022;12(1):9411.

おわりに

今回はタイムラプスインキュベーターに焦点をあててご紹介しました。

いつか、1枚の画像から、どの細胞にどのくらいの期間でどのような経過を辿って変化するのかがわかるようになるかもしれません。

特に、不妊治療では胚(受精卵)の状態の判断はとても重要です。

受精卵が着床できるものかどうかを、培養の段階である程度判別できるようになったとしたら…

それはどれだけの痛みや不安、費用や労力を軽減することができるでしょう。

インキュベーターの進化によって、沢山の命が誕生し、救われる。

そんな未来はすぐそこまで来ているかもしれません。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。