インキュベーターの周辺機器

インキュベーターは、私たちが細胞と向き合ううえで欠かせない装置です。

温度、湿度、二酸化炭素(CO₂)濃度などを安定して保ち、細胞が健やかに育つ「理想的な空間」を作り出してくれます。

参考:「インキュベーターとは?

ですが、その快適な環境はインキュベーター単体だけでは実現できません。

周囲で静かに働くさまざまな周辺機器のサポートがあってこそ、高品質な培養環境が保たれるのです。

この記事では、そんな縁の下の力持ちである周辺機器について、役割や使い方を詳しく解説していきます。

1. ガス濃度測定装置(CO₂/O₂標準ガス)

目に見えないガスを見える化します。

ガス濃度測定装置があると非常に心強いです。

「見えない環境」を見える化する装置

インキュベーターは、CO₂やO₂などのガス濃度を自動的に制御していますが、それが本当に正確な数値で維持されているかは、見た目だけではわかりません。

濃度は5.0%を示しています。本当に?

濃度は6.0%、O2濃度は5.0%を示しています。本当に?

インキュベーター内部に設けられたガスセンサーは正確性と耐久性に優れているものの、経年劣化や内部電池の消耗により、設定値と実際の値にズレが生じてしまうこともあるのです。

こうした「ズレ」を見つけるために活躍するのが、外部のガス濃度測定装置(ガスアナライザー)です。

ガス濃度は特殊なセンサーで測定します。

最適なガス濃度であることを確認しましょう。

  • CO₂ガスは主にインキュベーター内に置かれた培地のpHを安定させるために必須で、CO2濃度を直接測定します。
  • N₂ガス/O₂ガスについては、胚培養などの低酸素環境を維持する際にはN₂が重要で、高密度培養ではO₂が酸素供給として用いられます。これらの環境ではO₂濃度を測定する必要があります

これらのガス濃度を測定する装置は各社から販売されておりますが、CO2だけ測定できるものや、両方測定できるものがありますので、測定対象のガスに応じて適切なものを使用してください。

またインキュベーターの内部は非常に多湿な環境となっていますので、庫内のガスを外部のガス濃度測定機で測定する前には十分な除湿をおこなうか、湿度の影響を受けないセンサー(例えばIRセンサーなど)を備えた測定装置を用いる必要がありますので、ご注意ください。

さらにこれらの測定装置は、定期的なキャリブレーション(校正)が不可欠です。

キャリブレーションでは厳密に濃度が定められた標準ガスを用い、それに合わせてガス濃度測定装置自体のズレを補正します。

標準ガスとレギュレーター

ガス濃度が定められた標準ガス

ガス濃度が定められた標準ガス

濃度範囲が表示された標準ガス

このような標準ガスを用いてガス濃度測定値を校正し、それを使用してインキュベーターの濃度を定期的に確認することが、安心・安全に細胞を培養することにつながります。

こういったガス濃度の測定でご不明な点は、信頼がおけるインキュベーターのメーカーに一度ご相談ください。

インキュベーターメーカーはガス濃度測定のプロ集団です。

数多くのインキュベーターを手掛けています。

お気軽にご相談ください。

最適なガス濃度測定方法を始めとした様々なアドバイスを受けることができるかもしれません。

2. ガスレギュレーター(減圧弁)

ガスの「流れ」をコントロールする必需品

インキュベーターには、主にCO₂ボンベ(時にはO₂やN₂ボンベ)が接続されていますが、これらのボンベはとても高い圧力でガスが充填されています。

そのままインキュベーターへ送り込むと、圧力が高すぎて装置を傷めてしまう恐れがあります。

そこで必要なのが、ガスレギュレーター(減圧弁)です。

インキュベーター用のレギュレーター

レギュレーターを接続したガスボンベ

これは、高圧ガスを適切な圧力にまで下げて供給するための調整弁であり、インキュベーターの安定稼働には欠かせません。

また、レギュレーターには以下のような種類があります。

  • 単段式:安価で構造がシンプルですが、精密な圧力(ガス流量)の制御には不向きです。インキュベーター用にほとんど用いられておらず、溶接用ガスや生ビールサーバーでのガス供給などに使われます。

単段式のイメージ

調理用LPGに接続された単段式レギュレーター

  • 二段式:1段目で高圧から中間圧へ、2段目で中間圧から使用圧へと、2段階で減圧をおこないます。このように二段構えにすることで、より正確な圧力制御が可能となります。インキュベーターに用いられるほとんどが二段式です。

二段式のイメージ

標準ガスボンベに接続された二段式レギュレーター

レギュレーターとガスボンベはガス漏れが起こらないよう、確実に接続される必要があります。

ガスは直接目で見ることができませんので、簡易的には薄めた界面活性剤を含む水溶液を吹き付けることでガス漏れ箇所を見つけることができます。

ただし酸素ガスなどの可燃性ガスに対しては、市販の洗剤を薄めた溶液の使用はお控えください(市販の洗剤には、可燃性を示す長鎖炭化水素である高級アルコールから構成される界面活性剤を含むため)。

薄い界面活性剤の水溶液を使うとガス漏れ箇所がわかります。

ごくわずかながらガス漏れが起きています。

不安な場合は迷わずガス供給元に相談することを推奨します。

3. ガス自動切り替え装置

無人運転でも安心。ガス供給を途切れさせない工夫

細胞の培養は24時間体制で進行します。

特にスフェロイド形成や分化誘導など、1週間以上にわたる長期培養では、夜間や休日にボンベのガスが切れてしまうことが大きなリスクになります。

そんなときに活躍するのが、ガス自動切り替え装置です。

ガス自動切り替え装置があると安心です。

ガスボンベを2本接続して使用します。

CO2用とN2用を設置した状態。

これは、メインのガスボンベが空になると自動的にサブボンベに切り替える機能を持つ機器で、ガス供給の途絶を防ぎます。

研究者が不在でも、培養環境は安定したまま保たれるため、特に以下のような場面で重宝されます。

  • 深夜・週末の無人運転時
  • クリーンルームなど頻繁に出入りできない施設
  • O₂濃度を厳密に制御する必要がある胚培養や低酸素培養など

装置によっては残量アラームやデジタル表示付き、切り替え時に警報音を発するモデルなどがあり、ガス交換のタイミングを管理しやすくなっています。

またインキュベーター自体にガス自動切り替え機能を有している機種もあるため、周辺機器を揃える前に一度お使いのインキュベーターの機能を再確認することをおすすめします。

4. VOCフィルター(揮発性有機化合物除去フィルター)

細胞にとって“空気の質”は命綱

実験室内の空気が“キレイかどうか”は、細胞の生育に大きく関わります。

とくに培養室や実験室の内装工事をおこなったあとでは、塗料や接着剤などから揮発した有害な化学物質(VOC:Volatile Organic Compounds)が空気中に残っていることがあります。

こうした化学物質は、細胞の増殖を抑制したり、形質を変化させたりするリスクがあります。

VOCの代表例には、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレンなどがあり、非常に微量でも影響を及ぼすことがあります。

こういったVOCがガス流路中から入り込み、インキュベーター内で拡散してしまったら・・・せっかくの培養がダメになってしまうことは明白です。

小さいですが重要な役割があります。

ガス流路に設置されるVOCフィルター

VOCフィルターは、揮発性有機化合物などの有害物質を活性炭や化学吸着剤によって除去・低減する役割を担っており、環境変化に極めて敏感なES細胞、iPS細胞、さらには胚(受精卵)の培養において、特に重要な位置づけを占めています。

これらを培養する場面では、インキュベーターに導入される直前のガス流路にVOCフィルターを設置することを強く推奨します。

なお、ほとんどの場合は様々なインキュベーターのガス流路に設置可能ですが、念のためにインキュベーターメーカーにお問合せすることをおすすめします。

5. 監視システム

培養環境を休まず見守るガードマン

あなたが自宅に戻ってゆっくり過ごしている間も細胞は成長しています。

そんな時に温度やガス濃度などの培養環境が変化してしまったら・・・翌日気づいたら細胞が全滅していたり、細胞の性質がすっかり変化してしまうかもしれません。

インキュベーターの機種の中には温度やガス濃度といった情報を出力し、外部機器に接続するための端子やソケットを設けているモデルが存在します。

そういったモデルをお使いの場合、培養環境監視システムの導入をおすすめします。

様々な情報を表示可能な監視システム

環境の変化を見逃しません。

こういった監視システムを設け、ある一定の基準(温度・ガス濃度の上限値や下限値)を超えた場合に警報を発するシステムを加えれば、万一の事態にすぐに対応することが可能となります。

監視システムからの異常を伝える警報システム

ワイヤレス機能で離れた場所に複数ある機器の警報も発信可能です。

先ほどのガス自動切り替え装置と組み合わせることで、さらに安全・安心に培養をおこなうことができます。

ただし、ガスボンベのバルブがきちんと調整されていること(二次圧がしっかりと確保されていること)や、そもそもバルブが開放されていなければなりません。その点は十分に気を付けて運用してください。

6. ガス発生装置

ガス残量を気にせず培養するときやボンベが無いときなどに

私たちが吸い込んでいる大気には当然酸素が含まれていますし、窒素も含まれています。

これらを濃縮し、インキュベーターへ供給することも可能です。

ガス発生装置の一種

大気中から窒素を回収・濃縮する装置の一例

ボンベのガス切れの心配から解放されますが、当然ながら停電が発生するとガス供給が断たれる恐れがありますので、ご注意ください。

7. コンタミリスク低減グッズ

より安全な高湿度環境を作り出す

培地の蒸発を防ぐため、ほとんどのインキュベーターの庫内は高湿度を保っています。

当然ながら、この37℃という比較的高い温度と高い湿度状態はカビを始めとする微生物の繁殖には絶好の環境です。

特に水蒸気を生み出すための加湿水は微生物の温床となることがあります。

そういった加湿水から発生した微生物がインキュベーター庫内を循環する空気の流れに乗ると・・・コンタミネーションを引き起こすかもしれません。

加湿水からの微生物が培養容器に付着するかも。

あれは・・・まさか・・カ、ビ?

学会(卒研・修論・D論)前の大事な時期なのに・・・コンタミだなんて

そういったリスクを少しでも減らすには、加湿水での微生物増殖を抑えるに限ります。

以前は界面活性剤*1や消毒剤*2を加湿水に加えて微生物の繁殖を抑えていたことが(まれに)ありました。しかしそれらの多くは細胞に対して悪影響を及ぼすため、加湿水への使用は推奨できません。

現在では安心かつ安全な銀イオンの使用が主流となってきています。

そういった製品の多くは、加湿水の中に置いたり加えたりするだけで、高い効果を示します。

庫内に加えた滅菌水はやがて微生物の温床に?

加湿水に置くだけで銀イオンが微生物の繫殖を抑えます。

ただし、製品によっては数回の使用で銀イオン濃度が減少するものがあり、ひどいものでは2回目以降は激減するものも存在します。

製品によって銀イオン放出濃度が異なります。

いくら銀イオンが目に見えないからといっても、これだけ濃度が下がってしまうと、なんだか不安になってしまいますね。

コンタミへの心配とは別に、効果があるのかどうか?という新たな心配のタネが増えてしまいます。

そうならないためにも、しっかりとした検証試験がおこなわれた製品を使用することをおすすめします。

*1:Rusanov AL, et al. Sodium Dodecyl Sulfate Cytotoxicity towards HaCaT Keratinocytes: Comparative Analysis of Methods for Evaluation of Cell Viability. Bull Exp Biol Med. 2017;163(2):284-288.

*2:Tsai CF, et al. In vitro cytotoxicity and antibacterial activity of hypochlorous acid antimicrobial agent. J Dent Sci. 2024 Jan;19(1):345-356.

まとめ:安定した細胞培養は、目に見えない“支え”から

インキュベーターが作る「培養環境」は、周辺機器の支えによって完成します。

ガスの質と流れ、空気の清浄さ、連続性といった「見えにくい条件」にきちんと気を配ることが、細胞の健やかな成長と信頼できる実験結果につながっていきます

細胞培養において「なにかうまくいかないな」と感じたときは、インキュベーターそのものだけでなく、その周囲の機器や環境にも目を向けてみてください。

周辺機器のメンテナンスや見直しが、思わぬ改善のヒントになるかもしれません。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。