細胞を育てる「培養」は、生命科学や医療、バイオ産業など、さまざまな分野で欠かせない基礎技術です。
細胞を培養することで、病気の仕組みを解明したり、新しい薬を開発したり、人工組織や再生医療への応用が可能になります。
静置培養中の細胞を免疫染色して蛍光観察
樹脂製ビーズの担体で増殖している細胞
浮遊培養の一種・旋回培養
しかし、ひとくちに「培養」といっても、その方法は実に多様です。
細胞の種類や目的によって、選ぶべき培養法は異なりますし、培養環境によって細胞のふるまいや形態が大きく変わることもあります。
ここでは、代表的な6つの培養法――静置培養および回転培養や担体培養、浮遊培養、旋回培養、そして三次元培養――について、詳しくご紹介します。
もっとも基本的で、細胞の観察がしやすい培養法
体外で培養できる細胞は、培地中に存在している状態から二つに分けることができます。
ひとつは培地中にぷかぷか浮いた状態で増殖できる細胞で、これを浮遊性細胞(単に浮遊細胞とも)と呼び、これには主に血液中に存在している細胞があります。
もうひとつは骨やコラーゲンといった何らかの足場に接着して増殖できる細胞で、これを接着性細胞(単に接着細胞とも)と呼びます。
播種後の培養容器を動かさずじっと置いたままで培養することを静置培養と言います。
なお、現在利用可能な培養細胞の種類としては、後に紹介する浮遊細胞よりも圧倒的に多く存在しています。
静置培養は、ディッシュ(シャーレ)やTフラスコなど培養器材の底面(細胞接着面や培養面)に細胞を播種したのち、その容器に外部からの動きを与えずに培養する、ごくシンプルな方法です。
静置培養中の神経細胞
徐々に神経突起を伸ばす神経細胞
神経突起の形成と消失が起こっている。
また細胞の持つ接着力の強さが弱い場合は、それを補うためにコラーゲンや細胞外マトリックス(足場となるようなタンパク質)で培養器材をコーティングすることもあります。
顕微鏡観察しているiPS細胞
iPS細胞は接着細胞の性質を示します。
足場タンパク質を必要とする細胞も存在します。
十分に増殖した接着細胞
細胞を回収するため剥離処理をおこなった状態
ちょっとした工夫で成果が変わる
細胞を播種した直後のコンフルエンシーは低いが
やがて培養面いっぱいに増殖し、コンフルエンシーは最大となる。
静置培養では、培地の交換タイミングや温度管理が成否を分けることも。
とくに薬剤処理を行う際は、細胞密度やコンフルエンシー(被覆率)にも気を配る必要があります。
過増殖した間葉系間質細胞
過増殖したiPS細胞
液体中で細胞が自由に育つ、のびのびとした環境
浮遊細胞はその名の通り、培地中に浮遊した状態で増殖することができます。
もともと体内で「浮いたまま」生きる性質をもつ細胞(血液由来の血球系細胞やガン細胞の一部)は体外に持ち出しても、その性質が引き継がれるケースが多くあります。
こういった細胞は培養容器の底面にしっかりと接着されるのではなく、培地中をある程度自由に漂いながら増殖します。
このような細胞を培養することを「浮遊培養」と言いますが、完全に浮いたままでいるわけではなく、通常の環境であれば重力に従って細胞は培養容器の底に沈んでいきます。
浮遊培養中の抗体生産細胞
細胞の状態によっては弱い接着性を示す抗体生産細胞
*1:接着細胞の場合は担体(後述)を利用するか、細胞の性質を変える(浮遊化)することで利用可能となります。
産業利用の現場で利用される基本的な培養
浮遊培養は、工業的な細胞製品の製造に応用されています。
抗体医薬やワクチンの生産では、バイオリアクターと組み合わせることで、リットル単位から数百リットル規模への拡大も可能です。
ゆっくりと動かし、やさしく育てる三次元的な方法
回転培養は、培養容器をゆるやかに回転させて、培地をゆるやかに動かして培養する方法です。
先ほどの「浮遊培養」では重力によって容器の底に細胞同士が積み重なってしまい、その結果、細胞へのガス交換や培地成分の供給が滞り、細胞が死滅することもあります。
そのため、培養容器や培地そのものに回転運動を与え培地をゆるやかに動かすことで、細胞が集まらないように分散した状態とし、効率よく培養します。
また、このような培養では回転運動の設定次第でスフェロイド(球状の集合体)を形成しやすくなるため、三次元培養の導入としても利用されます。
さらに、細胞に作用する重力を打ち消すような力を与えることにより、培地中の一点に留めることも可能となります。
この場合、細胞を無重力空間、つまり宇宙で培養している状況に近づけることができるため、微小重力環境での培養を地球上で再現することも可能となります。
なお、円筒形のボトル型培養容器の内面に細胞を播種し、ボトルを横向きに寝かせてゆっくり回転させることで、少量の培地を内面に薄く広げながら細胞を培養する方法もあります。
この方法は「ローラーボトル培養」と呼ばれ、回転培養の一種として扱われることもあります。
宇宙でも使われる技術
NASAでもこの回転培養装置(ロータリーセルカルチャーシステム)が採用されており、宇宙空間での細胞挙動の研究にも使われています。
やさしく混ぜて、環境をムラなく保つ方法
旋回培養は、シェーカーなどを使って培養容器を円運動させ、内部の培地をやさしく混ぜる方法です。
先ほどの回転培養と似ていますが、培養容器そのものに対して旋回運動を与えることで生じる力で培地を撹拌することを、特に「旋回培養」と呼ぶことが多くあります。
この培養方法も浮遊細胞の培養に適していますが、接着細胞でも使用されることがあります。
GFPを発現する細胞の旋回培養
培地がGFPの色で緑っぽくなっている
旋回培養中の浮遊性CHO細胞
液面の傾きから旋回の様子がわかる
フラスコからバイオリアクターへ
細胞が作り出すタンパク質を得るため、実験室レベルでは三角フラスコやチューブ、バッグなどで数リットル程度の旋回培養をおこなう。
その後、数10リットルから数10,000リットルまで段階的にスケールアップすることで産業的な生産が可能となります。このときに用いられる培養容器を「バイオリアクター」と呼ばれることが多いです。
50Lクラスのバイオリアクター
専用の培養バッグを使用します
扱う培地量は非常に大量となります
生産現場でも広く活用される実用性の高い方法です。
細胞のための“足場”を用意して、大量に育てる
担体培養は、細胞が接着できる担体(キャリア)を使い、浮遊環境の中で接着性細胞を安定的に培養する方法です。
「培養面積を増やしたいけど、ディッシュやフラスコでは限界がある」というときに活躍します。
担体としては樹脂製ビーズや糸状の素材などがあります。
ガラス繊維製の担体で増殖する細胞
特殊繊維の担体で増殖している細胞
樹脂製ビーズの担体で増殖している細胞
また高密度に培養することを目的として、特殊な加工を施した不織布やパルプ繊維なども担体として培養することもあります。
金属製の容器
容器中の繊維担体
繊維担体の電子顕微鏡写真
左の一部分を拡大
足場の選び方が鍵
細胞との相性は担体選びで決まることが多く、ガラスやポリマー、パルプ繊維など基材の材質の他、コラーゲンコートやラミニンコートなど基材へのコーティング種類により細胞の接着性や成長速度が異なります。
組織や臓器に近い環境で、より「リアル」に育てる
三次元培養は、細胞を立体的に育て、生体内に近い構造や機能を再現する高度な方法で、細胞+担体*2であったり、細胞だけで構成される凝集体を培養する方法です。
近年では3Dプリンターを用いて細胞を立体的に整列させてから培養する手法も採用されてきています*3。
従来の二次元培養では見えなかった細胞のふるまいや、薬剤に対する反応も、3Dではよりリアルに捉えることができます。
立体的に増殖した細胞の塊が融合する様子
次世代の医療を支える技術
3D培養技術は、近年急速に進化しており、個別化医療(プレシジョン・メディシン)や創薬開発、さらには再生医療の現場でも不可欠な存在になりつつあります。
細胞培養は、ただ細胞を増やすための作業ではありません。細胞が「どのように生きるか」を支える、繊細で奥深い技術です。
それぞれにメリット・デメリットがあり、どれが正解というわけではありません。
大切なのは、目的に応じて最適な培養法を選び、細胞にとって快適な環境を整えてあげること。
細胞と対話するような気持ちで培養環境を整えることが、より良い研究成果や治療法の発見へとつながっていきます。