培養の重要な装置である「インキュベーター」。
様々な種類があるインキュベーターですが、主な機能は「温度・湿度・CO₂濃度」の3つの要素の調整と維持です。
今回はこの中で「湿度」に注目してみましょう。
インキュベーターは、庫内の湿度に注目するとおおまかに「自然加湿式インキュベーター」と「ドライインキュベーター」の2種類に分けることができます。
この記事では、それぞれのインキュベーターの湿度調整の仕組みと特徴を解説していきます。
「自然加湿式インキュベーター」という名称は、正式な名称ではありません。
というのも、大部分のインキュベーターは基本的には自然蒸発により加湿できるようになっているので、わざわざ「自然加湿式」のような表記はありません。
通常のインキュベーターには加湿水が必要
加湿水の残量には常に気を遣う必要があります
自然蒸発による加湿機能の付いている一般的なインキュベーターとそうでないものを区別するために、この記事の中では便宜上このように呼びます。
まず、なぜインキュベーターには湿度が必要なのかをみていきましょう。
多くの細胞は液体である培地(培養液)の中で培養されます。
場合によってはゲル状の基材(足場)や、空気にさらした状態で培養されることもありますが、いずれにしても水分を多く含んだ環境が不可欠です。
培地は液体であることが多い
液体の培地の中で細胞は育ちます
この培地の水分が蒸発してしまうと、培地の成分の濃度が変化するため、細胞の成長に大きな影響を及ぼします。
そのためインキュベーターの湿度を保つことは、細胞培養にとって非常に重要です。
言い換えれば、「培地の水分が蒸発しないような環境が、細胞培養には必須」といえるでしょう。
自然加湿ができるインキュベーターは、加湿のために必要な水がチャンバー内(庫内)に置かれているのが特徴です。
バットに貯めた水の自然蒸発により加湿します
加湿水は定期的な交換を
「ドライインキュベーター」とは、加湿機能を持たず、湿度を制御しない状態で使用するインキュベーターを指す、便宜的な呼び方です。
ドライインキュベーターには加湿水がありません
ドライインキュベーターでは培地を蒸発させない工夫が必要です
このようなインキュベーターは2000年代初頭から出始めており、当時は非加湿型(non-humidified)インキュベーターとして認識されていました*1(Potter SM. et al., J Neurosci Methods, :2001; 110(1-2): 17-24)。
その後、特に胚(受精卵)を培養する体外受精(不妊治療)の分野で広く使われており、現在では細胞の成長を連続的に観察できるタイムラプスインキュベーターでも採用されています*2(Watanabe H, et al. Exp Anim, 2022;71(3):338-346)。
加湿機能を持たないタイムラプス
インキュベーター
加湿されていないからこそ観察に必要な機器が設置可能となります
しかし、大抵の細胞培養では、乾燥しすぎると細胞の脱水(主に培地の浸透圧の上昇が原因)やストレスが生じ、培養の成功率が低下してしまいます。
先ほど「インキュベーターには湿度が必須」といいましたが、これは「細胞を乾燥させない仕組みが必須」とも言い換えることができます。
ドライインキュベーターでは、庫内に加湿機構を設けずに細胞培養を行うため、培地の蒸発を防ぐ独自の対策が必要です。
代表的な方法として、培地表面にミネラルオイル(鉱油)を重層する手法が用いられています。
胚(受精卵)培養では培地を
ドロップ状にします
数十マイクロリットルの培地で
ドロップを作ります
最後にオイルを重層して完成です
ミネラルオイルは水分子の透過性が極めて低いため、培地中の水分の蒸発を物理的に抑えます。
一方で、二酸化炭素(CO₂)や酸素(O₂)といった気体分子はある程度透過できるため、培地のpH維持や細胞への酸素供給といったガス交換機能は保たれることになります。
オイルの重層は慎重におこないます
これにより、自然加湿機能のついているインキュベーターと同等の効果が期待できるのです。
「自然加湿式インキュベーター」と「ドライインキュベーター」、どちらも細胞を乾燥させないような仕組みがあり、それぞれの強みがあります。
培地にガスが行き届くような培養容器を使用する場合は、自然加湿式インキュベーターをおすすめします。
フタに突起があることで培養容器にわずかな
スキマができ、ガスが行き届きます
フィルター付きでも加湿していないと培地が蒸発
するかもしれません
ガスが培養容器内に行き届く場合は
自然加湿式インキュベーターをお使いください
培地が蒸発しないようにミネラルオイルの重層などの工夫をしている場合は、ドライインキュベーターをおすすめします。
ミネラルオイルは培地の蒸発を防ぎます
培地蒸発の工夫がしてあるときはドライインキュベーター
目的と状況に応じて最適なものを選ぶことが、再現性の高い良質な結果へとつながります。
インキュベーターは決して安価な装置ではありません。
自身の目的に合わせて、より適したものを選ぶ必要があります。
多機能の謳い文句やビジュアルに気を取られて、本来の目的である「求める培養結果」を見失わないことが大切です。
迷ったときは、メーカーや販売店などの専門業者に相談するのも有効な手段です。
きっと、あなたの研究に最適な一台を提案してくれるだけでなく、導入後も頼れるパートナーとなってくれるはずです。
導入後も頼れる細胞培養のパートナーがきっと居ます
良いインキュベーターと良きパートナーにめぐりあえますように。