生物の最小単位である「細胞」。
たったひとつの細胞で生命活動のすべてをまかなう生物もいれば、数えきれないほどの細胞をもつ生物もいます。
多細胞生物である我々ヒトには約37兆個の細胞が存在し、その種類はおよそ250種類以上にも及ぶことはご存じでしょうか。
細胞の世界にはたくさんのジャンルがありますが、今回は細胞培養について、わかりやすく解説したいと思います。
培養とは、手をかけて草木を育てること。
または動植物の組織や、それらを構成している細胞などを人工的に生育・増殖させること。
(引用元:Oxford Languages https://languages.oup.com/google-dictionary-ja/ )
つまり、人工的に生物を育てたり、増殖させることを指します。
「培養」と聞くと、何かとても難しそうですよね。
しかし、培養はとても身近に存在しています。
例えば、ホームセンターの園芸コーナーで「培養土」という文字を目にしたことはないでしょうか。
培養土は野菜や花を育てるために配合された土の総称です。
また、最近ニュースなどで目にする「培養肉」もそのひとつです。
これは動物の体をつくっている細胞を、動物の体外で育てて数を増やし、様々な加工をすることで作られたお肉で、食糧問題や環境負荷の軽減につながると期待されています。
このように、「培養」とは実は「育てる」とか「増やす」ための工夫や技術のことです。
今回お話しする「培養」も、このようにみなさんの身近なところから始まっています。
細胞を培養する=細胞を増やす
というイメージがある方も多いかもしれません。
ですが、一体どうやって必要な細胞だけを増やしていくのでしょうか。
簡単にみてみましょう。
実際に細胞を培養するためには何が必要なのでしょうか。
細胞培養の基本的な道具や機器は、このようになっています。
・培養容器
(画像提供元:株式会社アステック)
細胞を育てるための容器で、ディッシュ(シャーレ、ペトリなど)やTフラスコの他、内部がいくつかの層に分かれた密閉容器などがあります。
用途や細胞の種類に応じて選びますが、何よりも内部の無菌状態を保つこと、酸素や二酸化炭素などのガスが行き来できることが重要です。
細胞の増殖や観察に適した形状やサイズを選びます。
・培地
(画像提供元:株式会社アステック)
細胞の成長に必要な栄養素となるビタミン、ミネラル、アミノ酸などを含む液体です。
細胞の種類や使用目的に合わせて適切な培地を選び、細胞が育っていくために必要なpHや浸透圧といった環境調整します。
これにより細胞は正常に増殖し、維持されます。
・血清やサプリメント
(画像提供元:株式会社アステック)
培地に加える成分として血清やサプリメントがあります。
牛や馬などの血液から得られる血清は、細胞の成長を促進し、栄養補給や細胞の安定化に役立ちます(しかし培養する細胞や、培養の目的によって血清を使用せずに替わりとなる物質を用いることもあります)。
また細胞の持つ特別な機能や生存率を維持するため、必要に応じて様々なサプリメントを加えることもあります。
・インキュベーター
(画像提供元:株式会社アステック)
細胞の培養に最適な温度やCO₂、湿度といった環境を維持し、細胞の正常な代謝と増殖をサポートします。
細胞を培養する目的や用途に応じて、さまざまなタイプのインキュベーターが使用されます。
例えば、清浄度を保つために内部を滅菌できる機能を備えたものや、酸素濃度をより生体内の環境に近づけたもの、さらには細胞の状態を培養中にリアルタイムで観察できるような機能を持つインキュベーターなどがあります。
・クリーンベンチ
(画像提供元:株式会社アステック)
細胞を培養するときにおこなう作業を安心・安全におこなうには、増殖速度が段違いに早いカビや酵母といった微生物が培地や培養容器に混入することを防ぐ必要があります。
それら微生物のいない無菌空間を確保するため、クリーンベンチが必要となります。
・マイクロピペッター(ピペット)とチップ
(画像提供元:株式会社アステック)
培地のほか、培養容器に接着している細胞をはがすための酵素液やサプリメントなどの溶液を正確に移動・分注するための道具です。
先端には使い捨てのチップを装着して溶液を取り扱います。
微量な液体の操作を行う際に必須で、細胞や試薬の取り扱いを安心・安全に衛生的、かつ正確に行うことができます。
・顕微鏡
(画像提供元:株式会社アステック)
細胞の形態や状態を観察するための装置で、倒立顕微鏡(明視野、位相差、微分干渉など)や実体顕微鏡、蛍光顕微鏡などが使われます。
細胞の培養状況や動態を詳細に観察でき、培養状態の確認や異常の早期発見に役立ちます。
細胞を培養するには様々な工程があり、どれも繊細で慎重な操作が必要です。
①細胞の採取(分離)
(画像提供元:株式会社アステック)
目的の細胞を組織やサンプルから取り出します。
②消化・解離
(画像提供元:株式会社アステック)
必要に応じて酵素(例:トリプシンやコラゲナーゼなど)を使い、組織から細胞を解離させます。
③洗浄と濃縮
(画像提供元:株式会社アステック)
解離した細胞を洗浄し、不要な成分や酵素などを除去します。
ふるい(メッシュ)などのほか、遠心分離機なども使って細胞を濃縮していき、細胞の密度を調整します。
④播種(はしゅ)
(画像提供元:株式会社アステック)
適切な培地とともに、細胞を培養容器に均一に広げて播きます。
⑤培養と増殖
(画像提供元:株式会社アステック)
温度やpH、酸素濃度などの条件を整えるためにインキュベーターを使用し、細胞の培養に最適な環境を維持します。
また細胞の種類によっては定期的に培地交換をおこないます。
⑥観察と管理
(画像提供元:株式会社アステック)
顕微鏡などを使って培養中の細胞の状態を確認し、必要に応じて操作や調整を行います。
⑦目的に応じた処理
(画像提供元:株式会社アステック)
新しい培養容器への継代(細胞の引っ越し)をはじめ、細胞の分化誘導や遺伝子導入、細胞やタンパク質の回収など、次の研究や用途に向けた処理を行います。
このように段階を追って進めることで、目的の細胞を純粋に増やすことができます。
道具や機器を使って細胞が培養できることはわかりました。
しかし、今度はそれがなんの役にたつのだろう?という疑問が湧きますよね。
細胞培養は、主に医療や研究のさまざまな分野で重要な役割を果たしています。
具体的には、以下のような目的で利用されています。
医療への応用
組織再生や臓器の修復、再生医療において、患者さんの細胞を培養して移植用の細胞や組織を作ることができます。
不妊治療における体外での胚培養をはじめ、幅広い分野で活用されています。
薬剤の開発と評価
新薬の効果や安全性を試験するために、細胞を使った実験(非臨床試験。前臨床試験とも言われます)が行われます。
これにより、動物実験の前に薬の作用や副作用を調べることができます。
疾病の研究
がんや遺伝性疾患などの病気のメカニズムを解明するために、細胞を使った実験が行われます。
患者さんの細胞を培養して、病気の原因や治療法を探ることもあります。
バイオテクノロジー
細胞は抗体や酵素、ワクチンなどの生産に利用されます。
大量の細胞を培養して、必要なタンパク質などを効率的に作り出します。
このように、細胞培養は新しい治療法の開発や疾病の理解、医薬品の製造など、多くの分野で不可欠な技術です。
近年発生した新型コロナウイルスの検査に使われた抗体を活用した臨床検査キットの製造にも、この細胞培養の技術が使われています。
細胞培養とは、生体を構成している細胞を生体の中から取り出し、その細胞が存在していた環境を人工的に作り出して生体外で増殖させることです。
ただ細胞を増やすだけ、と思われるかもしれませんが、そこにはたくさんの機器や操作などの技術が集結されているのです。
今回は深くて広い細胞培養の世界の、おおまかな概要をご紹介しました。
この技術は、治療や検査の現場で重要な役割を果たしています。
細胞培養によって生み出されたものは常に私たちのそばに存在し、生命科学や医療の発展に欠かせない基盤となっています。