コンタミを起こさないための行動

細胞培養を行ううえで、最も避けたいトラブルのひとつが「コンタミ(Contamination:汚染)」です。

どれほど丁寧に培養していても、一度コンタミが起きてしまうと、細胞が使えなくなるだけでなく、実験データの信頼性そのものが失われてしまいます。

必死に培養してきた細胞をコンタミで失うことも。

これまで得たデータがコンタミによる影響だとしたら…
信頼性の問題につながります。

そのため、研究者や技術者にとって「コンタミを防ぐ」ことは、日常の作業で最も重要なテーマのひとつです。

本記事では、コンタミの原因とその対策、そして習慣として身につけたい無菌操作のポイントについて、具体的に解説します。

■ コンタミとは?その正体とリスク

「コンタミ(汚染)」とは、培養中の細胞に対して外部から不要な微生物や異物が混入することを指します。

コンタミの原因としては、空気中に浮遊しているホコリや様々な微生物、あるいは作業者の手指や衣服、使用する実験器具や試薬などに付着していた細菌や酵母、真菌(カビ)などが挙げられます。

こういったものは具体的にどんなタイミングで混入するのでしょうか?
代表的な例として、以下のような要因が挙げられます。

  • クリーンベンチの外で試料や培地を取り扱った場合。
  • フタの開いた培養容器や培地ボトルの上を手指が通過した場合。
  • 消毒処理が十分でなかった場合。
  • 滅菌処理されていない器具を誤って使用してしまった場合。
  • 顔や髪に触れた手指を十分に消毒せず、そのまま作業を行なった場合。
  • インキュベーターの内部や培養室の清掃といったメンテナンスを長期間実施していない場合。
  • 安全キャビネットやクリーンベンチのHEPAフィルターが損傷している場合*1
  • 安全キャビネットやクリーンベンチを起動した直後に使用する場合*2
  • ウォーターバスで凍結細胞を解凍後にエタノールなどで殺菌消毒処理を怠った場合。
  • 複数人で培地やPBS、トリプシンなどの溶液を共同で使用している場合。
  • 作業者自身がウイルスや菌に汚染されている場合*3

フタの開いた培養容器の上空は通過禁止です。

ピペットなどの先端はクリーンベンチの外に出てはいけません。

クリーンベンチは奥の方が清浄度が高い傾向にあります。
したがって消毒は奥から手前の方に向かっておこなってください。

手前側は外界と接しており清浄度が低い場合があります。
奥に向かって進めないようにしてください。

培養作業中は顔や髪に直接触れないようにしてください。

培養室やインキュベーター内は常に清潔に保ってください。

クリーンベンチなどは清浄気流が落ち着いてから使用してください。

病気の時は培養作業を控えましょう。

こうした些細なことからでも、細胞は簡単に汚染される可能性があります。

コンタミが発生した場合、培地が濁ったり、pHの変化で培地の色が変わったり、顕微鏡下で通常は認められないような粒子や運動性を持った物体が観察される、異臭発生などの異状が確認されます。

コンタミすると培地が濁って見えます。

カビによるコンタミ
無数の菌糸と大量の死細胞が広がります。

恐ろしいことにコンタミが一度でも発生すると、ほとんどの場合、培養系全体を廃棄せざるを得ません。

これまで苦労して培養してきた細胞を全て失うことになります。

そのため、日常的な無菌操作の徹底と、培養環境の管理がコンタミを防ぐ最も確実な対策であると言えます。

*1:クリーンベンチや安全キャビネットの機種によっては圧力センサーや風量センサーを設けている場合がありますので、定期的に状態を記録することを推奨します。
*2:起動直後は十分な清浄環境が整っていない場合がありますので、機器付属の取扱説明書などを参照してください。
*3:アデノウイルスに感染した作業者が初代細胞培養に深刻な影響をおよぼした例が報告されています*4
*4:Niehues H, et al. Know your enemy: Unexpected, pervasive and persistent viral and bacterial contamination of primary cell cultures. Exp Dermatol. 2020;29(7):672-676.

■ クリーンな作業環境を維持する

コンタミ対策の第一歩は、清潔な環境づくりから始まります。

細胞培養の作業は、必ずクリーンベンチ(無菌操作台)安全キャビネット(Class1を除く)*1の中で行いましょう。

この装置はHEPAフィルターによって清浄な気流を作り、空気中の微粒子や菌を除去してくれます。

ただし、クリーンベンチの性能を最大限に発揮するには、使用者自身の動作や姿勢にも注意が必要です。

また、インキュベーターは温度が一定に保たれ、湿度も高いため、微生物が増殖しやすい環境となっています。

そのため、クリーンベンチやインキュベーターを使用する際には、あらかじめ基本的なルールを定め、遵守することを強く推奨します。

以下に、その具体例を示します。

クリーンベンチ・安全キャビネット使用時の基本ルール(例)

安心して無菌的に培養作業をおこなうために必須になるのが、クリーンベンチや安全キャビネットです。

クリーンベンチは清浄な空気がどのように流れるかによって、「垂直気流方式」と「循環方式」に分けることができます。

垂直気流方式では作業区域の清浄度は高いものの
作業者に空気が当たるリスクがあります。

循環方式では作業者に空気はほぼ当たらないものの
吸い込み口の存在や装置の大型化に留意する必要があります。

安全キャビネットは「循環方式」のクリーンベンチに似ていますが、気密性が高く、作業区域(ワークスペース)を陰圧に保つことができるため、ウイルスを始めとする感染性の高いものを取り扱う際には必須となります。

安全キャビネットでは作業区域内の空気が装置外へ漏れ出ることがありません。

これらを取り扱う際には以下のようなルールを設けて運営することを推奨します。

  1. 作業する前にUV照射*2を十分な時間おこなう。
  2. HEPAフィルターに損傷が無いことを確認する(風速や圧力差などから確認することができます)。
  3. ファンをONにしてすぐに使用しない*3
  4. 前面扉を必要以上に開けない。
  5. 必要最低限の器具をベンチ内に置き、作業中の物の出し入れを極力減らす。
  6. ベンチ内に置く器具類は、必要に応じて消毒用アルコールなどで消毒する*4
  7. ベンチ内に器具類を詰め込みすぎない*5また、手前側近くに置かない。
  8. 作業中の手の動きはゆっくり・静かに(気流を乱さない)。
  9. 作業後は作業スペース表面を清潔にし、必要に応じてUV照射をおこなう。
  10. グローブを着用し、万一破けた場合は交換もしくは重ね着する。

このようなルールを設けることで、清潔な作業環境を維持・構築することができます。

具体的な内容は施設や研究室によって異なりますが、複数の作業者が出入りする環境では、共通のルールを定めることが特に重要です。
ルールを明文化し、全員が遵守することで、作業品質のばらつきやコンタミネーションのリスクを低減することができます

クリーンベンチ内は常に整理し
なるべく物を多く置かないように心掛けましょう。

UV照射はコンタミ予防に有効ですが
樹脂製品の劣化を早めますので注意が必要です。

機種によってはHEPAフィルターに風量計を設置し
風量低下や上昇からフィルター状態を知ることができます。

前面扉は必要以上に開けないように注意してください。
※開口部高さは各機種の取扱い説明書をご参照ください

ボトルなどの器具を入れるときにはUVによる劣化を防ぐ処置をおこなってください。

安全キャビネットでは前面扉の開口高さが明示されていることがほとんどです。

規程以上に開けると気流のバランスが崩れ、高い清浄度を維持できなくなります。

*1:WHO(世界保健機構)内のモノグラフ 「Biological safety cabinets and other primary containment devices」中の4.1 Class I BSCs中のFigure 4.1をご参照ください。
*2:長時間のUV照射により、チップ入れやボトルキャップなどの樹脂製品が劣化する恐れがありますのでご注意ください。
*3:CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の安全キャビネット使用チェックリストには、ファンを動作させ4分間またはメーカーが推奨する時間の分だけおいてから使用するように注意書きされています。
*4:アルコールなどVOC(揮発性有機化合物)の影響を受けやすい胚や細胞の培養作業をおこなう場合は、消毒用アルコールの使用にご注意ください。
*5:特に循環型クリーンベンチの場合は空気取り込み口を塞がないようにご注意ください。


インキュベーター使用時の基本ルール(例)

細胞を培養するために安定した温度CO2濃度O2濃度湿度を維持する装置がインキュベーターです。

インキュベーターの内部(庫内・チャンバー内)で手作業による培養作業をおこなうことはほぼありませんが、使用方法や培養中の環境によってはコンタミへのリスクを高めてしまうことになります。

培地の蒸発を防ぐため加湿水による
自然蒸発のため高湿度となっています。

加湿水は滅菌された蒸留水などをご使用ください。
水道水の利用はお控えください。

溶液は滅菌されたものをお使いください。

インキュベーターで細胞を培養する際には以下のようなルールを設けて運営することを推奨します。

  1. 微生物などの持ち込みを防ぐため、外扉・内扉を開ける前に手指を消毒する。
  2. 外気との接触を抑えるため、なるべく内扉から離れた位置に培養容器を置く*1
  3. 浮遊している微生物などの落下を防ぐため、インキュベーター内で培養容器のフタを開けない。
  4. 微生物増殖の場となる水滴の発生を防ぐため、庫内に結露を発生させない。
  5. 清潔な培養環境を保つため、定期的に乾熱滅菌や消毒処理などをおこなう。
  6. シェーカーなどの機材を庫内に持ち込む場合は、付着していた微生物を除去するため、消毒処理を念入りにおこなう。
  7. 汚染原因を除去するため、万一庫内に培地をこぼした場合は直ちに清掃・消毒、場合によっては乾熱滅菌などをおこなう。
  8. 汚染の拡大を防ぐためコンタミした培養容器は庫内に放置せず、速やかに処理*2をおこなう。
  9. 庫内清浄度を高めるため、庫内空気を循環させるファンにフィルターを装着する
  10. 微生物繁殖を徹底的に抑えるため、加湿水には抗カビ剤などを設置する。

このようなルールを設けることで、清潔な培養環境を維持・構築することができます。

具体的な内容は施設や研究室、場合によっては機種ごとに異なりますが、クリーンベンチや安全キャビネットと同様に複数の作業者が出入りする環境では、共通のルールを定めることが特に重要です。
ここでもルールを明文化し、全員が遵守することでコンタミネーションのリスクを低減することが重要です

棚板のその汚れ、カビかもしれません。
速やかな清掃・消毒(滅菌)を心がけてください。

内扉のハンドルは外気にさらされやすいため空気中のカビなどが付着する可能性があります。

内扉にエアコンの風を当て続けると
庫内側が結露する可能性があります。

庫内に温度ムラがあるとその部分に結露が発生します。

庫内にシェーカーなどを設置する場合は消毒を念入りにおこなってください。

特殊な形状の培養容器はインキュベーター内でもクリーンベンチでも取扱いに注意してください。

庫内空気循環用ファンへのフィルターを装着することで庫内の清浄度を高めることができます。

加湿水中の微生物増殖を抑制するには銀イオンを活用した抗カビ剤の使用が効果的です。

特に培地の蒸発を防ぐための加湿水は微生物が増殖しやすく、管理が不十分な場合には結露水や庫内表面を介してコンタミネーションの原因となりえます。
したがって、加湿水への微生物増殖を抑えるための予防対策は最優先で実施することが重要です。

*1:内扉近くは開閉時に外気へ触れる機会が多いため、ホコリや微生物が付着するリスクが高まります。また温度やガス濃度など培養環境の変化を受けやすいため、内扉付近には置かない方が賢明です。
*2:滅菌処理をオートクレーブでおこなう場合には専用の滅菌バッグを使用し、また器具用とは別に分けてオートクレーブをおこなってください。

■ 自分の行動を見直す:無菌操作への基本姿勢

細胞を扱う環境が清潔でも、作業者自身が汚染源になることもあります。

特に「人の手」や「呼気」、「毛髪」には非常に多くの常在菌が存在しており、グローブを着用していても汚染リスクを完全に排除することはできません。

素手で無菌操作をおこなうことは非常に困難です。

手のひらや指や爪に存在する微生物を可能な限りなくしましょう。

そのため無菌操作をおこなうには設備だけではなく、作業者の行動管理が需要となります。

以下の行動は、コンタミ防止のために特に意識したいポイントです。

施設や実験室の運用ルールに応じて調整しつつ、ルールを決める際の参考にしてください。

  1. 作業中、顔や目、髪を触らない(涙や汗には常在菌が多く含まれています)
  2. 作業前に納豆、漬物、ヨーグルトなど発酵食品を控える(呼気中に微生物が残留することがあります)
  3. 指輪・時計・ブレスレットなどは外す(万一グローブが破損した場合に微生物が漏洩する可能性があります)
  4. マスクとキャップ、グローブを着用し、髪の毛や呼気、手指の付着物による汚染を防ぐ。
  5. 床に落としたものは拾わず、作業後に回収(回収により汚れや微生物が手指に付着する可能性があります)。
  6. クリーンベンチ作業中の人のそばには近づかない・話しかけない。(垂直気流方式では排気が当たり、循環式ではワークスペース内に会話中の空気が引き込まれる可能性があります)

発酵食品は控えましょう。

微生物に触れてしまう行動はコンタミを招きます。

無菌操作中の周囲の行動も重要です。

VOCの観点から消毒用アルコールの使用は慎重に。

また、作業の前後に手指の洗浄(爪の間もしっかりと洗う)や消毒を徹底することは基本ではありますが、施設によってはVOCの観点からアルコールによる消毒を実施しない場合もあります。

各施設や実験室の方針を踏まえて、最適な方法が実施できるよう、事前準備と環境整備を徹底してください。

■ 器具・培地の扱い方にも注意を

コンタミは、器具や培地の扱い方にも関係します。

どんなに滅菌された器具を使っても、取り扱い方が不適切だと意味がありません。

器具・試料の取り扱いのポイント

  • 滅菌済みピペットやチューブは使用直前に開封
  • 培地や試薬のボトルは開けたらすぐ閉める
  • 他人との器具・試料の共用は避ける(ラベルを明確に)。
  • 使用済み器具はベンチ上に置かず速やかに廃棄または洗浄
  • 滅菌後の器具は蓋を開けたまま放置しない
  • 液体を取り扱うピペットの先端の動きに注意する。

ピペットの取扱いに注意してください。
先端部分を汚さないようにしましょう。

ピペットの取扱いにご注意を。
先端をクリーンベンチ外に出さないで!

フタが開いた容器などの上を通過しないでください。
微生物などが落下混入するリスクがあります。

日常の生活や実験では何気なくおこなっているような操作が、コンタミを引き起こすかもしれません。

ひとつひとつの所作を慎重におこなえるかどうかが、コンタミ防止の分かれ道になります。

■ 定期的なメンテナンスと環境モニタリング

クリーンな作業を保つためには、設備の定期点検も欠かせません。

インキュベーターの温度、湿度、CO₂濃度の記録を日々チェックし、異常がないか確認します。

また、HEPAフィルターやエアフィルターの交換時期を守ることも重要です。

さらに、ラボ全体の清潔さを維持するために、以下のような定期的に実施するような作業項目を設けるとよいでしょう。

  • 作業前後の清掃・エタノール拭きを徹底(VOCの観点上、施設によってはNGなこともあります)。
  • 毎週の床・棚の清掃
  • 月1回の機器・ベンチ周辺の点検と記録
  • 定期的に空中浮遊菌や落下菌のチェック(環境モニタリング)を実施
  • 定期的な庫内の清掃・滅菌処理などの実施
  • 加湿水の点検と交換および加湿水での微生物繁殖を抑える器具の使用と点検*1

実験室やインキュベーターのクリーニングがコンタミの発生を抑えます。

清潔な空間で安心した培養環境を維持できるよう心がけてください。

定期的に庫内の洗浄や乾熱滅菌をおこないましょう。

抗カビ効果を持つ器具の有効期限にも注意しましょう。

こうしたルーチン作業をチーム全体で共有し、常に清潔な環境を保てるようにすることが大切です。

*1:加湿水は微生物が繁殖しやすいため、そこから発生する水蒸気に微生物が含まれる可能性があります。

■ 「無菌操作」は特別な技術ではなく習慣

コンタミを防ぐための技術や設備は数多くありますが、最も大切なのは作業者一人ひとりの意識です。

目に見えない菌やウイルスを相手にするからこそ、「これくらい大丈夫」という油断が最も危険です。

無菌操作を「意識的に行う」のではなく、「無意識でも自然にできる」レベルまで習慣化できれば理想的です。

毎回の作業を丁寧に、同じ手順で行うことで、安定した環境と信頼できるデータを得ることができます。

■ まとめ:細胞にとって安心できる環境をつくる

コンタミは、細胞培養において避けて通れない課題ですが、日常の注意とルールの徹底で確実に減らすことができます。

清潔な環境、正しい操作、そして丁寧な姿勢。

それらを積み重ねることが、細胞にとって「安心して育つ環境」をつくる一番の近道です。

細胞培養は繊細で、根気のいる作業です。

けれども、自分の手で清潔な環境を保ち、健康な細胞を維持できたときの達成感は、何ものにも代えがたいものがあります。コンタミを防ぐことは、単なる「事故防止」ではなく、研究を支える基本技術のひとつなのです。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。