自動培養装置とは?

細胞培養は、生命科学や医薬品開発、再生医療の根幹を支える重要な技術です。

ディッシュ(シャーレ)やTフラスコの中で、もともと体内にいた細胞を体外で育てるこの繊細な作業は、これまで多くの研究者たちの「手作業」によって支えられてきました。

しかし今、その細胞培養の現場が大きな転換期を迎えようとしています。

それを牽引しているのが、「自動培養装置」です。

ある自動培養装置の外観

自動で培養するために様々な機構が備わっています。

インキュベーターとしての基本的な機能(温度・ガス濃度の維持など)に加え、複雑な培養操作を自動で行えるこの装置は、従来の人手による細胞培養と比べて作業効率、再現性、品質、そして安全性において大きなメリットをもたらします

この記事では、自動培養装置の基本的な考え方から種類の違い、そしてその先に見据える未来まで、丁寧に解説していきます。


手作業による培養と自動培養装置の違い


細胞培養は一見地味な作業に見えるかもしれませんが、実は非常に緻密で繊細な工程の連続です。

たとえば以下のような手順があります

  1. 培地や酵素溶液などの溶液調製*1
  2. 培養容器への細胞の播種(はしゅ)
  3. 温度・ガス濃度などが管理されたインキュベーターへの培養容器の設置
  4. 定期的な培地交換(メディウムチェンジ)
  5. 細胞の品質管理(細胞形態の観察や撮影、培地成分の分析など)
  6. 適切なタイミングでの継代(パッセージング)
  7. 細胞や培地の回収

これらはどれも、微妙な「感覚(顕微鏡観察での増殖・分化度合いの判定。ピペット操作などのハンドリング、など)」や「タイミング」によって成功率が左右されるため、熟練した技術者のスキルに依存する部分が大きいのが実情です。

特に、「5. 細胞の品質管理」や「6. 継代」、「7. 回収」においては最終的な培養の成果(タンパク質や細胞の回収量)に、個人差が大きく反映される場合があります。

回収チューブの名前書きも時間を要します。

ディッシュを置く時も熟練者と初心者では差があります。

細胞の計数や観察では特に差が大きく出ます。

一方、自動培養装置を導入すると、こうした作業の多くをあらかじめ設定されたプログラムで、ブレなく・同じ品質で・24時間稼働できるようになります。

たとえば

  • 早朝・深夜や休日であっても作業が継続できる。
  • 衛生的な環境を保ちやすく、コンタミ(汚染)のリスクを大幅に減らせる。
  • 培養条件を厳密に統一できるため、再現性の高いデータが得られる。

つまり、自動培養装置は「人が毎日手作業でこなしていた工程」を、より安定した品質で、しかも人の手に頼らず実行できる存在なのです。

アンドロイドが培養作業を自動でおこなうかも?

未来の細胞培養の現場では人の姿を見ないかもしれません。

では、次に個人差が出やすい作業とされる「継代作業」について、実際にどのようなものかをご紹介しましょう。

*1:例として粉末を溶解させた後に濾過滅菌をおこなうなど。現代では開封後すぐに使用できるReady to Useのものが増えています。

手作業での培養作業の一例:継代作業


細胞は大きく「浮遊細胞」と「接着細胞」の二種類に分けられます。

継代作業では、細胞を回収する必要がありますが、浮遊細胞はすでに培地中に浮かんでいるため、回収が比較的簡単です。

一方、接着細胞はディッシュやTフラスコなどの培養容器から細胞を剥がす必要があり、工程が多く、各段階で作業時間の管理も求められます。

それでは接着細胞であるiPS細胞の継代作業を見てみましょう。

このような作業は、細胞培養に慣れたベテラン(経験者)と初心者が同じように進められるとは限りません。

経験者であれば短時間で終えられる工程でも、初心者は判断に迷ったり操作に手間取ったりして、結果的に作業時間が延びてしまう可能性があります。その間に細胞がストレスを受け、状態が悪化することも考えられます。

さらに、細胞培養は一人で完結する作業ではなく、複数名のチームで分担して進める場面も多くあります。当然ながら、チーム内の全員が同じ熟練度を持っているわけではありません

こうした技量差が積み重なると、最終的な細胞品質を一定に保つことが難しくなる場合があります。

そのような技量差をなくし、安定した品質で細胞を大量に供給できるようにするために、自動培養装置が活用されています。


タイプ1:人の手技を忠実に再現する「ロボットアーム型」

このタイプの自動培養装置は、まさに人の動きを再現するように設計された装置です。

たとえば以下のような特徴があります。

  • アームがTフラスコやディッシュのフタを開閉したり、ピペットを操作する
  • カメラで細胞の状態をモニタリングしながら作業を進める
  • ロボットアームがCO₂インキュベーターに培養容器を出し入れする

人の動きを再現(模倣)するタイプの自動培養装置イメージ

細胞観察や薬剤添加などを自動でおこなっているイメージ

一見すると、工場の製造ラインにあるロボットと似ていますが、細胞培養に求められる動きが取り入れられており、人間が作業しているような動作をある程度実現しています。

このタイプの強みは、すでに確立されている手作業の工程をそのままロボットに置き換えられることです。

そのため、これまで使用していた培養容器をそのまま使えることから消耗品のコストを抑えられる可能性がありますので、その点はメリットと言えます。

一方で、ロボットアームの動きに合わせてインキュベーターやクリーンベンチといった機器の改造する必要が生じる場合があります。
たとえば、ロボットが正確に掴めるよう棚板の固定方法を変更したり、内扉・外扉をロボットアームでも操作できるような構造に変更するなど、多くの特注品を必要とする場合があります。

結果として、このような構造変更・改良や特注品で揃えるための費用がかさんでしまい、導入コストが高くなることがデメリットとなります。

さらに、可動部が増えることで清掃や除染作業(微生物を取り除くこと)が複雑になることや、作業時間の長期化(例えば液体の送廃液をロボットによるピペット操作でおこなうと、想像以上に時間を要します)といった点の他、条件変更をおこなう際にはロボットアームの動きや各部品の位置調整といった細部の設定変更が必要となる場合ロボットアームを動かすための空間(単なる寸法ではなく軌道までを考慮)を確保するため設置場所に制限がある、といった運用面での負担も無視することはできません。

また、大きなデメリットとして、細胞の培養形式が『開放系*1であること』が挙げられます。

こういった背景から、ロボットアーム型の自動培養装置は「同じ細胞を大量に培養する」よりも、「多種類の細胞を少量ずつ培養する」用途に向いているとされ、研究用途で採用されるケースが多くあります。

タイプ2:自動化のために設計された「最適型」


次にご紹介するのは、専用設計によって自動化に最適化された装置です。

ロボット型が「人の動作を再現する」装置であるのに対し、このタイプは 「人の手に依存せず、独自のプロセスで細胞培養を完結させる」 装置です。

具体的には以下のような特徴があります。

  • 専用の密閉された培養容器により細胞の培養形式を『閉鎖系*2』とすることで、コンタミへのリスクを最小限に抑えることが可能
  • 専用の培養容器や培地タンク、専用流路やバルブ・ポンプを使って、作業のすべてをシステム内で完結
  • 培養容器を置くチャンバー内が密閉され、外気と遮断された清浄な空間で培養に最適な環境を保持
  • 温度・湿度・ガス濃度、細胞の状態をAIが自動判定し培養に反映することが、ロボットアーム型よりも容易

さらに、人がおこなっていた作業をベースに、培養作業を最適化するデバイスを組み込むことで、より効率的な培養が可能になります。

具体的には培地タンクや廃液タンクを専用の流路で培養容器に接続し、その間にバルブやポンプを配置して適切なタイミングで制御することで、培地交換などを自動で行えます。これにより、従来のロボット型と比べ作業時間を大幅に短縮できます。

この方式の最大のメリットは、大量培養に最適化された専用の培養容器を使える点です。密閉式の容器であれば培養形式を『閉鎖系』とすることが可能となり、コンタミネーションのリスクをほぼゼロに抑えられます。

さらにロボットアーム型とは異なり、最小限の稼働範囲で運営することが可能(たとえば培養容器を回転させることで、送廃液や細胞播種を最小のスペースでおこなえる、など)となり、省スペースでも運営可能となることは大きな魅力です。

一方、専用の培養容器は消耗品コストがやや高くなるデメリットはありますが、それ以上に効率性や安全性の向上など多くの利点があります。

例として、専用の培養容器を持つ自動培養装置の特徴を動画でご紹介します。

こうした仕組みを組み合わせることで、繊細な培養作業を省スペースで実現できるだけでなく、データの蓄積・解析を通じて 「次の培養に活かす」 仕組みも整えられてきています

溶液の送廃液は流路・ポンプ・バルブで制御します。

培養作業を最適化することで効率よく細胞培養ができます。

このような装置は、高効率・高精度・高再現性を求める再生医療や創薬、個別化医療の分野で特に注目を集めています。

*1:開放系は培養容器が外気と何らかの形で触れている状態で行う培養。操作や観察がしやすいものの、微生物による汚染(コンタミネーション)のリスクがある。

*2:閉鎖系は培養容器が外気と遮断された状態で行う培養。コンタミリスクがほぼなく、安全性が高いが、操作や観察には専用装置が必要となる場合が多い。


自動培養装置が目指す未来


自動培養装置が切り開く未来は、単なる「省力化」や「効率化」だけではありません。

もっと広い視点で、私たちの生活や医療の質を大きく変える力を秘めています。

● 再生医療の普及

これまで再生医療は限られた専門機関でのみ実施されていましたが、自動培養装置の導入によって、その状況は大きく変わろうとしています。

この自動化技術は、細胞の「製造」プロセスを安価かつ安定的に行うことを可能にし、より多くの医療機関や患者様へ再生医療の提供を普及させる未来を切り拓きます

病気や事故により失われた臓器や組織の機能・形態を回復させるため、高品質な細胞を大量に、しかも安価に製造するという考え方は、もはや単なる夢物語ではなく、現実のものとなる日が目前に迫っています。

● 危険なウイルス・病原体の実験

感染リスクの高い病原体を扱う実験では、人的接触を極限まで避けることが求められます。

自動培養装置は無人での作業が可能であることから、これらを扱う場面で活用することにより、高い安全性を確保した上で様々な実験をおこなうことが可能となります。

その結果、作業者への感染リスクを考慮して長期化しがちだった新薬開発の期間を、短縮できる可能性もあります。

● 宇宙での培養

重力が無い宇宙空間では、培地や酵素溶液といった液体が地上とは異なる振る舞いを見せます。

まず密閉容器でなければ液体を留めておくことはできません。

また重力が無いためピペットの周りに液体が付着してしまったり、容器の壁面に広がったりするため、ロボット型での液体操作は困難を極めることが予想されます。

>宇宙空間では液体は密閉されていない容器から飛び出してしまいます*1

>宇宙空間では重力が無いため液体は球形を保ちます*2

そういった背景から、宇宙空間での自動培養はロボット型ではなく、最適化型が適していると考えられています。

また自動培養装置は、遠隔制御や長期間の無人運転が可能なため、宇宙での細胞培養に理想的と言えます。
*1:Owlcol, CC BY‑SA 4.0, via Wikimedia Commons

*2:NASA / Leland D. Melvin, Public Domain, via Wikimedia Commons

まとめ


自動培養装置は、単なる作業補助の機械ではありません。

私たちの研究、医療、さらには地球を超えた探究において、「未来の当たり前」を形づくる存在です。

インキュベーターに始まった細胞培養の技術は、自動化とデジタル化によってより確実に・より安全に・より自由に進化しつつあります。

細胞を「育てる」行為は、生命を見守ることそのもの。

その手段が変わっても、そこに込められる想いは変わりません。

これからの培養は、「人が頑張る」から、「人と機械が協力する」時代へ。そしてきっと、私たちはその先に、もっと多くの命を守る未来を見つけられるはずです。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。