インキュベーターのオプションには何がある?その種類と性能をご紹介

細胞培養に不可欠なインキュベーター。

細胞を培養している研究室や実験室では当たり前のように存在するインキュベーターですが、そのインキュベーターには様々なオプションがあることはご存じでしょうか。

大切な実験や生産の成果を左右するインキュベーターを、より安全に、より快適に使えるように、メーカーは日々努力と研究を重ねています。

今回は、日々進化するインキュベーターと同様に進化するオプションについて、いくつかピックアップしてご紹介します。

【小扉】

数あるオプションの中でも、もっとも馴染みがあるのがこの「小扉」ではないでしょうか。

内扉に設けられた小扉だけを開けた状態

内扉全体を開けた状態

内扉の一部だけを開閉できるように設計されており、素材としてはガラスやアクリルのものなど様々です。

なお、乾熱滅菌機能付きインキュベーターの小扉では、耐熱性のあるガラス製であることがほとんどです。

小扉の役割=庫内環境変化を最小限に抑える

ディッシュやTフラスコの取出しのため頻繁に庫内へアクセスする場合でも、小扉を使えば庫内の培養環境の変化を最小限に抑えられます。

①温度
多くの場合、庫内は37℃で安定しています。
培地交換や細胞回収のためにディッシュやTフラスコを取出す場合、庫内へアクセスする必要がありますが、その時に庫内の温度が低下してしまいます。
温度変化に敏感な細胞を一緒に培養している場合、その影響を受けてしまう可能性がありますが、小扉を通してアクセスすることで温度変化を最小限に抑えることができます。

②湿度低下を最小限に抑える(加湿式インキュベーター)
培地の蒸発を抑えるために、庫内は非常に高い湿度が保持されています*1
湿度、つまり水蒸気は想像以上に素早く移動する性質があるため、わずかな開閉時間でも庫内の湿度が低下します。
内扉を閉めれば湿度は復旧しますが、かなりの時間を要します。そんな時、小扉を通してアクセスすることで湿度低下を最小限に抑えることができます。

③ガス濃度の急激な変化を防ぐ
内扉を開けると、内部のガス環境が大きく変動します。
以前、CO2ガスが培地のpHを維持するために重要であることはご説明していますが、N2ガスも低酸素環境を維持するために重要です。
特に受精卵(胚)ではO2濃度5%で培養することが多く、また、より生体内に近づけるために低酸素濃度で培養している場合、内扉解放による酸素濃度上昇は大敵です。
小扉を通してアクセスすることでガス濃度の変化を最小限に抑えることができます。

扉開閉における酸素濃度変化。小扉の有無ばかりでなく素材によっても変化量が異なります


小扉があることで、こういった培養環境の変化による様々なリスクを軽減することができます。

そのため小扉は特にマルチガスインキュベーターで有効と言われています。

小扉を複数備えた内扉

手間をかけることで培養の環境維持や精度を高めます

毎回、小さな小扉を開けるのは少々手間ですが、その小さな手間をかけることで、より培養の精度を高め、成功の確率を上げることができるのです。

*1:培地の乾燥を防ぐためにミネラルオイルが重層されていたり、密閉された培養容器を使用する場合を除きます。

【ガス自動切り替え機能】

予備のガスボンベでガス切れにも安心

ガス自動切替機能を備えたインキュベーターの操作画面

細胞培養で使用されるインキュベーターは「CO2インキュベーター」と総称されるほど、ガスによる培養環境、特にpHの維持はとても重要です。

インキュベーターで用いられるCO2ガスは培地のpH維持に重要ですが、N2ガスは低酸素環境を維持するために必要であり、O2ガスは高密度培養などで酸素供給を要する場合に必須となってきます。

これらのガスは外付けのガスボンベ(ガスシリンダー)から供給されるのが一般的です。

ガス自動切り替え機能(ガスガード、とも呼ばれます)とは、インキュベーターに予備のガスボンベを接続し、一方のボンベが無くなった時に自動的にガス流路を切り替える機能です。

ガス自動切り替え機能の役割

前述の通りインキュベーターにはガスの供給が不可欠ですが、もしボンベが空になったときにすぐに交換できなかったらどうでしょう。

せっかく最適な環境で育っていた細胞も、pHや酸素濃度の変化によって様々な影響を受けることになります。

かといって、24時間体制で稼働するインキュベーターに張り付いているわけにいきませんし、交換のタイミングが夜中になることも少なくありません。

ガス自動切り替え機能は、ガスボンベを2本つなぐことで、一方のガスボンベが空になると自動的に予備のボンベに切り替えてくれる機能です。

インキュベーターによっては、ガスボンベが空となったときに自動的に切り替えるほか、警報音を発したり、インターネット経由で警報メールを発する、といった様々なモデルがあります。

インターネットを通じてインキュベーターの状況を通報するモデルも存在します

【電子錠】

インキュベーター内には、貴重な培養サンプルや研究材料、実験器具などが保管されていますが、もし誰もが簡単に内扉を開けて庫内にアクセスすると・・・あなたの知らない間にサンプルの盗難や、培養環境の変化といった悪いことが起きるかもしれません。

そんなときにインキュベーターのオプションとして用意されている電子錠を設定することで、不正アクセスや盗難を防止し、データや資産を安全に守ることができます。

電子錠を備えたインキュベーター

物理的に施錠するので厳密な管理が可能となります

また、電子錠は特定の人だけがアクセスできるように設定できるため、誰がいつインキュベーターを使用したかの記録や管理が容易になります。

物理的な鍵と違い、紛失や盗難の心配がない他、いつ解錠されたか以外にも培養状況や作業履歴の追跡や管理(ログ)を効率的に行うことができます。

培養状況を記録する機能を有していることもあります

ガス切替装置内蔵モデルの場合ではその履歴も記録されます

電子錠の認証方式と利点・欠点

広く利用されているパスワード認証

指紋や静脈認証はグローブを装着していると難しいです

非接触の虹彩認証の利用が期待されています

細胞を培養する場面では、清浄度の観点から一般的な鍵(キーとキーシリンダーの組み合わせ)はあまり用いられず、電子的な施錠が一般的です。その施錠解錠に関わる認証方法にはいくつか種類があります。

・パスワード認証
最も基本的な方式で、ユーザーがIDとパスワードを入力してアクセスを認証します。
〇利点:導入が容易でコストが低い
×欠点:パスワードの管理や漏洩リスクがある

・二要素認証(2FA)
パスワードに加え、もう一つの認証要素(例:ワンタイムパスワード、指紋認証、スマートカード)を要求します。
〇利点:セキュリティが大幅に向上
×欠点:導入コストや運用の複雑さが増す

・生体認証
指紋、顔認証、虹彩認証などの生体情報を用いた認証方式です。
〇利点:高いセキュリティと利便性
×欠点:高額となったり専用ハードウェアが必要な場合がある

・NFCやBluetoothによる近距離無線認証
スマートフォンやICカードを用いた非接触認証です。
〇利点:便利で迅速なアクセス
×欠点:通信範囲の制御やセキュリティ対策が必要

*1: Photo: Matthew Goldthwaite, licensed under CC BY-SA 3.0

【庫内用集塵フィルター】

インキュベーター庫内の集塵フィルターの有無は、培養環境の清浄度や汚染リスクに大きく影響します。

多くの研究や臨床用途では、特に微生物汚染を防ぐために、フィルター付きのモデルが推奨されます。

集塵フィルターの役割

庫内に設けられた集塵フィルター

庫内を循環する空気を清浄に保ちます

多くの場合、HEPAフィルター(High Efficiency Particulate Air filter)が集塵フィルターとして採用されており、庫内の空気を循環させるためのファンの周囲に装着されます。

これにより加湿水で増殖して空気中に漂ってしまった微生物や、内扉を開けた時に侵入してくる微生物やホコリを取り除けるため、インキュベーター内部の空気の清浄度を高く保つことができます。

【ガスライン用VOCフィルター】

インキュベーターに導入されるCO2ガスやN2ガス、O2ガスはボンベから供給されます。

こういったガスの製造や、ガスがボンベに充填される過程で、VOCとなりえる潤滑油や炭化水素が混入する可能性があります。

またガスボンベとチューブや銅配管・ステンレス配管の間にある接続部は、まったくの無菌的かつ清潔であると言えない状況もあります。

ガスボンベとの接続部分は清潔ですか?

チューブや配管との接続部分はどうでしょう?

こういった背景から、VOCに敏感とされているiPS細胞や受精卵(胚)を培養しているインキュベーターでは、庫内に供給されるガスラインにもフィルターを設けることが望ましいです。

ガスライン用VOCフィルターの役割

VOCフィルターのひとつ

装置の直前に設置します

ガスラインのVOC・ホコリを除去

多くの場合、微生物やホコリ(塵埃)を効率よく捕集するためのHEPAフィルターと、VOCを除去するための活性炭や化学物質から構成される複合フィルターが採用されており、庫内に導入される前の段階でVOCなどの汚染物質を効率よく除去し、安全な培養を約束します。

【架台】

インキュベーターの架台は、インキュベーター本体と連結することのできる専用の台です。

1台用の専用架台

2台積載用の専用架台

インキュベーターを載せた状態

キャスター付きでインキュベーターごと移動したり、複数のインキュベーターを一つの架台に設置することもでき、培養室のレイアウトの変更を容易に行うことができます。

インキュベーター専用の架台には、ステンレススチールやアルミニウムなどが使用された頑丈なものが一般的です。

10のチャンバーを備えたインキュベーターを2台収納可能な専用架台

小型インキュベーターを2台収納

汎用のものもありますが、インキュベーターメーカーが作製した専用モデルであれば、モニターや周辺機器もコンパクトに収納できます。

2台のタイムラプスインキュベーター

専用架台は収納性に優れています

NASやUPS(無停電電源装置)も収納可能です

架台の役割

①設置態勢の他、温度・湿度管理の補助
架台はインキュベーターをしっかりと支え、安定させることで振動や揺れを防ぎます。
これにより、内部の温度や湿度の均一性が保たれやすくなります。

②作業の効率化
高さや位置を調整できる架台を使用することで、作業や観察がしやすくなります。
例えば、顕微鏡や他の装置と連携させる場合に便利です。
また、複数のインキュベーターを積み重ねて設置できるタイプの架台もあり、実験室のスペースを効率的に使うことが可能です。

③安全性の向上
世界でも有数の地震大国日本では、インキュベーターは日常的に地震による揺れに晒されています。
どんなに高い技術で培養した細胞であったとしても、インキュベーターそのものが激しく揺れたり、倒れてしまったら元も子もありません。
また、倒れたインキュベーターによって現場のスタッフが怪我をしたり、出口を塞いでしまうなどの二次被害につながる可能性も無視できません。
何度も大きな震災を経験した現在、メーカーは架台の構造材質や設計を見直し、地震時の揺れに耐えられるよう研究開発・改善に余念がありません。

耐震設計の強化例
・耐震性の高い金属フレームや補強材の導入
・インキュベーター本体や架台が地震時に倒れたり動いたりしにくいよう、重心を下にするような構造の工夫
・滑り止めや壁・床への固定金具(L型金具など)の追加
・振動吸収材やダンパーを組み込むことで、地震の揺れを緩和し、内部の設備や試料への影響を最小限に抑える

【加湿水用抗カビ剤】

培地の蒸発を防ぐため、インキュベーターの庫内は非常に高い湿度を維持しています。

インキュベーターの庫内には加湿水を置く場所がありますが、そこは微生物が繁殖しやすい環境でもあります。

加湿水の中で増殖した微生物は、やがて庫内を循環する空気の流れに乗り、やがてディッシュやTフラスコといった培養容器の表面に付着する・・・考えるだけでも恐ろしいですね。

表面に付着した微生物やカビの胞子などは、当然ながら肉眼で見ることはほとんどできません。そういったものを触れた手でクリーンベンチや安全キャビネットで作業をおこなうと、コンタミのリスクは一気に高まります。

自分では完璧な作業、完全な無菌空間(クリーンベンチや安全キャビネット内)を用意していたのに、コンタミが起きてしまった・・・

もしかしたらインキュベーターの中で微生物たちからの侵略を、すでに受けていたのかもしれません。

そういった見えない恐怖を少しでも減らすため、微生物の繁殖を抑える抗カビ剤などを置くことを推奨します。

まさか加湿水が…

加湿水にポンと置くだけで安全な培養に

加湿水からの微生物がコンタミの原因となるかもしれません

加湿水に加える抗カビ作用を持つものとして、過去には界面活性剤やアンモニウム塩といった化学物質を使うことがありましたが、揮発した際の細胞毒性を考えると現在ではほとんど利用されておりません。

現在では、微生物の細胞膜や細胞壁やタンパク質の立体構造を破壊する作用を持つ銀イオンを活用した製品が多く用いられています。

そういった製品は「加湿水の中に置くだけで微生物の繁殖を抑える」と表示されていますが、性能や科学的根拠をきちんと見定めて選びましょう。

中には一回だけしか銀イオンを放出しないものや、効果のある微生物の種類や検証データを多く公開していないものもあります。

製品によっては何に効果があるかが検証されています

内扉を開けたら舞い込んでくるカビも撃退

うっかり素手で加湿水を扱うと酵母が入るかもしれません

たった1回の使用で銀イオンを出し尽くす製品もあります

第三者機関からの評価がおこなわれた製品を推奨します

大事な細胞をコンタミから守るため、少しでも多くの対策を講じること。

これはオプションというよりも、「必須」なのかもしれません。

おわりに

今回は細胞培養において不可欠なインキュベーターのオプションについてご紹介しました。

オプションはつければつけるほど、確実に経費はかさみます。

しかし、それ以上に様々なリスクを取り除くことができ、よりよい培養環境をつくりだすことが可能となるのです。

そして、よい培養環境はよい成果につながることでしょう。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。