転んで膝を擦りむいて、ただでさえ痛いのに、消毒液をかけられて更に痛い思いをした…
そんな人も多いのではないでしょうか。
薬局へ行けば「除菌シート」「抗菌プラス」「隅々まで殺菌」「滅菌済み」などなど…
このように、私たちの生活は「菌」と密接に関わっています。
菌は人体にとって有害なものから有益なものまで、実に多くの種類が存在しています。
目に見えない小さな小さな菌は、その脅威的な増殖力で周囲に様々な影響を与えます。
細胞培養の現場では、菌はコンタミネーション(コンタミ)を引き起こす原因の一つとして非常に恐れられています。

培養中でもコンタミのリスクが上昇します

コンタミにより長期間の培養成果を失うことも

培養中の培地に菌が混入すると大変です
場合によっては、数年間にわたる培養成果を一瞬で無に帰すこともあります。
今回はそんな菌に対して抵抗するための、抗菌・除菌・殺菌・滅菌・無菌について解説します。
おそらく、私たちの生活で最も身近に目にするのが「除菌」という言葉なのではないでしょうか。

手指の消毒スプレーに「除菌」

日用品にも「除菌」
除菌とは、「微生物の数や活動を減少させ、感染や健康被害のリスクを低減させること」を指します。
具体的には、細菌や真菌、酵母といった微生物の増殖を抑えたり、ウイルスを不活化する(感染力や毒性を失わせる)*1ことを含みます。
ただし、必ずしもすべての微生物やウイルスを死滅させるわけではないことにご注意ください。
例えば、日常の手洗いや消毒は除菌にあたりますし、除菌スプレーやアルコール消毒液もこれに該当します。
除菌の範囲や方法によって効果や対象は異なりますが、いずれも「衛生状態を良くし、感染リスクを低減させる」ことを目的としています。
つまり、除菌は微生物やウイルスの数や活動を制御し、衛生状態を改善することを意味するのです。
除菌の具体的な基準となる微生物の減少量は、用途や規制によって異なりますが、一般的には「一定の効果」を示すために、微生物などの数を「一定の割合以上減少させる」ことが求められます。
具体的な数字でいうと、除菌の効果の目安は、微生物の数を99.9%以上(およそ3-log以上)減少させることが一般的に用いられています。
これは、対象となる菌の数を1000分の1(103分の1)以下に減らすことを意味しますが、法律によって厳格に決められたものではありません。
各メーカーや検査機関などが独自に決めた性能評価基準、つまり「除菌効果の指標」として、このような数値が用いられています。
*1:ウイルスの場合は自己増殖できないため少し概念が異なり、「不活化」と呼ばれることが多くあります。
殺菌とは、「細菌や真菌(カビ)といった微生物を死滅させ、その感染力や増殖を抑えること」を指します*1。
殺菌は、特に感染症や衛生管理が重要な場面で用いられ、薬品や熱、紫外線などの方法で行われます。
つまり、殺菌とは微生物を死滅させ数を大幅に減らすことで、その感染力や活動を完全に抑えることを意味します。
日本では、「殺菌」や「殺菌作用」という表現を使う際には、一定のルールやガイドラインを守る必要があります。
具体的には、薬機法(旧薬事法)や消費生活用製品安全法(消安法)に基づき、医薬品、医薬部外品、化粧品、家庭用品などにおいて、「殺菌」や「殺菌作用」の表記や効果を謳う場合、その効果や性能が科学的に証明されている必要があります。

「殺菌」という文字が表記されています

「殺菌」は医薬品・医薬部外品などで表記できます
誇大表現や科学的根拠のない表現は、規制対象となります。
また、消費者庁や厚生労働省のガイドラインもあり、「殺菌」の表記は実際に殺菌効果が確認された試験結果に基づいている必要があります。
例えば、「99.9%以上の菌を殺菌できる」と明示する場合、その効果が証明された実験データが求められるのです。
殺菌の効果を示す具体的な微生物の減少量は、用途や製品によって異なりますが、殺菌の目安は微生物の数を99%以上(2-log以上)減少させることが一般的とされています。
例えば、99%以上の菌を殺菌させるためには、対象の微生物数を100分の1(102分の1)以下にする必要があり、しかもそれを科学的に示す実験データが必要となります。
より厳しい基準では、99.999%以上(5-log)の減少を求めることもあり、これは微生物の数を100,000分の1(105分の1)以下に抑えることを意味します。
しかし殺菌における微生物の減少量は、法律によって厳格に決められたものではありません。
除菌と殺菌の数字だけ比べてみると、除菌の方が基準が高いように見えます。
実は、除菌と殺菌では単純に減らす菌の数の問題ではなく、その目的と適用範囲が違うのです。
殺菌は、対象の微生物の死滅を証明するために一定の割合を殺す必要があり、対象菌の残存はほぼゼロとなることを求められます。
一方、除菌は、一般的には菌の数を99%以上(2-log以上)減少させることが一つの目安で、必ずしもすべての微生物を死滅させる必要はなく、一定の効果を持つことが目的です。
わかりやすく以下のようにまとめることができます。
・除菌:日常生活での手指や物品の清潔維持といった場面で使用される。
⇒微生物の数を一定割合減少させて衛生状態を改善することを目指す。[例:99%(2-log)以上の減少を目指す]
・殺菌:医療や食品加工の現場など、感染や安全管理の厳しい場面で使用される。
⇒より厳しい基準で微生物を大幅に減らすことを目指す。[例:99.999%(5-log)以上の減少を目指す]
つまり、殺菌はより厳しい基準で、「微生物の完全除去」を目指すのに対し、除菌は「微生物の数を減らす」ことに重点があります。
ただし、どちらも微生物の減少量について法的な基準があるわけではありません。
滅菌とは、「すべての微生物(細菌、真菌、芽胞など)やウイルスを完全に死滅させ、増殖や感染力を一切持たない状態にすること」を指します。
つまり、微生物やウイルスを完全に除去または不活化することが目的です。
多くの場合、高温・高圧の蒸気(オートクレーブ)、化学的方法(ガス滅菌)、放射線、または特殊な殺菌剤を用いて行われます。

オートクレーブによる滅菌処理(高圧蒸気滅菌)

乾熱装置による滅菌処理(乾熱滅菌)
日本では、「滅菌」という表現を使う場合、薬機法(旧薬事法)や医薬品医療機器総合機構(PMDA)の定める水準に基づき、滅菌効果を謳う製品や表示には、これらの滅菌方法により効果が実証されていることが求められます。
また、厚生労働省や消費者庁のガイドラインでは、「滅菌」表記は、その製品や処理方法が厳格な試験を通じて微生物の完全除去が確認された場合に限り使用できます。
そのため、虚偽や誇大な表示は禁止され、法令違反となる可能性があるということです。
滅菌での具体的な微生物の減少基準は、一般的には「微生物の完全な除去」を目指すため、実質的に「菌が1つも残っていない状態」とされます。
つまり、「微生物の数を0にする」というのが滅菌の根本的な目標です。
しかし、実際には微生物の検出や測定は非常に難しいため、標準的な基準として芽胞菌を含む全微生物の不活性化(死滅)を証明し、その効果をもって「滅菌」として認められます。
多くの滅菌方法では1,000,000~10,000,000(106~107)個の微生物に対して99.999%以上(5-log)の減少が確認されることが一般的です。
ただし、最終的には、「すべての微生物を死滅させる」ことが滅菌の定義のため、菌の数の減少率ではなく微生物が検出されない状態が求められます。
無菌(むきん)とは、「微生物が全く存在しない状態」を指します。
つまり、細菌や酵母、真菌(カビ)といった微生物やウイルスが一切検出されない状態のことを指します。
この状態は高度な滅菌処理(例えば、オートクレーブや化学的滅菌方法)によって達成され、医療現場や研究室、手術器具などの衛生管理において非常に重要です。
無菌状態を保つことで、感染や汚染のリスクを完全に排除します。
ただし、完璧に微生物がゼロの状態を維持することは非常に難しく、検査の感度や方法によって微量の微生物が検出されることもあります。このため、無菌と宣言されるためには、非常に厳格な検査と証明が必要です。
日本では、医薬品医療機器等法(PMDA)や厚生労働省のガイドラインに基づき、「無菌」とされるためには、高水準の滅菌処理を行い、微生物が検出されないことを証明しなければなりません。
検査には、厳密な微生物検査や培養試験などが行われ、その結果に基づいて政府や規制当局から認証されます。
また、医療器具や手術器具、滅菌パックなどで「無菌」と明示する場合、国際的な規格であるISO 13485(医療機器品質管理)やISO 11137(医療機器などのヘルスケア製品を放射線で滅菌する際の国際規格)に準じた滅菌方法や検査結果を提示する義務があります。
虚偽や誇大表示は法的に禁止されており、「無菌」との表記には科学的根拠と証明が必要です。
滅菌(めっきん)は、「全ての微生物(細菌、ウイルス、真菌、芽胞など)を殺滅または除去し、微生物が存在しない状態にすること」を指すため、微生物の完全な排除に焦点を当てており、方法としては高温・高圧の蒸気や化学処理などを用います。
一方、無菌(むきん)は、「微生物が全く存在しない状態」を意味します。
要するに、「滅菌」は微生物を殺したり除去したりして、「微生物がいなくなる状態にする行為や工程」であり、「無菌」は結果として「微生物が一切存在しない状態」を指しています。
つまり、滅菌は「方法や工程」、無菌は「その結果得られる状態」を指している点が大きな違いです。
ここまで様々な菌を取り除く操作や基準、状態をみてきました。
それらと少し違う視点になるのが「抗菌」です。
抗菌(こうきん)とは、「微生物の増殖を抑制する性質・作用」のことを指します。
対象は細菌・真菌・酵母などの微生物となり、ウイルスに対して用いられる用語ではありません。
そして必ずしも微生物を死滅させるわけではなく、微生物の増殖を妨げて衛生状態を改善することを目的としているのが、これまでの用語との大きな違いです。
抗菌作用には、増殖を抑える静菌性(例:微生物の増殖を止める)と、場合によっては死滅させる場合が含まれることもありますが、一般には“増殖を抑える”ことが中心です。
つまり、抗菌は除菌・殺菌・滅菌などの操作で菌を取り除いた後、その状態を維持するために施すことが最も効果的といえます。
ここまで微生物を取り除くための様々な方法や基準をみてきました。
ここからは、インキュベーターに焦点をあててみましょう。
インキュベーターとは、細胞を培養するために使われる機器です。
一般的なインキュベーターの庫内は、大抵の微生物が好む暖かく多湿な環境を長時間維持します。
貴重な細胞を培養をしている中に、たった1個でも微生物が混入してしまったら…
あっという間に庫内に微生物の菌体*1や胞子*2、芽胞*3などが舞い、ディッシュやフラスコといった培養容器の外側に付着してしまうでしょう。
そういった培養容器を触った手で培養操作をおこなうと、何かの拍子で容器の中が微生物で汚染されてしまうかもしれません。
このような事態を防ぐために、細胞を取り扱う場所は「無菌」に限りなく近づけることが理想的です。
インキュベーターの庫内を「無菌」に近づけるための「滅菌」方法には、以下のようなものがあります。
*1:菌体とは微生物(主に細菌や真菌)の「生きている細胞そのもの」のこと。
*2:胞子とは一部の細菌が自身の繁殖のために作り出す生殖細胞のこと。植物で言えば種に相当します。
*3:芽胞とは真菌(カビや酵母)が生存に不利な環境となったときに作りだす、特別に頑丈な構造となった細胞のこと。
【乾熱滅菌】
方法:高温の乾熱装置を用いて160〜200℃で一定時間静置する。静置時間は温度によって異なり、高温ほど短くなる(目安として160℃で1~2時間、180~190℃で30分間)。
注意点:高温に耐えられる素材でなければ使用できない。また十分に冷却されるまで待つ必要がある。

180℃設定の乾熱滅菌装置

高温に耐えられる素材を滅菌処理できます
【化学的滅菌(ガス滅菌)】
方法:過酢酸や過酸化水素、ホルムアルデヒドといった反応性の高いガスを使用して滅菌する。
注意点:必ずガスが残存しないようにすること。またガスによる機器や部品のダメージにも注意が必要。
【高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)】
方法:インキュベーター庫内に置く実験器具や部品類は、専用のオートクレーブバッグやアルミホイルに包んでオートクレーブする。
温度・圧力:通常、121°Cで15~20分間の滅菌。
注意点:電子部品やプラスチック部品は耐熱性に注意。取扱説明書を確認し、耐熱性のある部分だけを滅菌する。

高圧下121℃で滅菌処理中のオートクレーブ

滅菌表示テープがあると便利です

滅菌後は表示テープが黒くなります
無菌に近い状態になったら、次は抗菌です。
具体的な対策としては以下のようなものがあります。
【庫内を循環する空気への対策】
HEPAフィルターや紫外線照射などでインキュベーター庫内を循環する空気中の微生物の数を減らすことで対策する。

庫内に設置するタイプのHEPAフィルター
【加湿水への対策】
加湿水を入れるバットは乾熱滅菌されていることが望ましい(オートクレーブはサイズ的に困難)。

加湿水用のバットは乾熱滅菌を推奨します

乾熱滅菌機能付インキュベーターでも滅菌可能です
蒸留水や超純水などをフィルターろ過滅菌やオートクレーブしたものを加湿水として使用する。

オートクレーブで作製した滅菌水

加湿水には滅菌水を推奨します

滅菌されたバットへ静かに滅菌水を注ぎます
さらに微生物の繁殖を抑える処置をおこなえば万全と言えます。
処置としては、銀イオンの徐放性に優れた抗菌グッズの使用が望ましいでしょう。

加湿水にポンと置くだけで微生物の繁殖を抑えるグッズ
【選ぶ際の留意点】
抗菌対策をおこなう際には、使用する器具や製品に以下のようなデータなどが明示されているかを確認しましょう。
・抗菌効果の検証データ(どの微生物にどれくらいの減少が達成された、効果が持続される期間や使用回数など)
・対象表面・材質での耐久性・残留物の有無、培養物への影響を示すデータ
・法規や規格に沿った適用範囲の表示・説明
これらのデータがしっかりと揃えられており、科学的なエビデンスがあるものを選びましょう。

第三者機関での試験結果があると安心です

効果を示す科学的なエビデンスがある製品を選びましょう
菌に対する対策には、「除菌」「殺菌」「滅菌」「無菌」「抗菌」があります。
「除菌」も「殺菌」も微生物の数を大幅に減らすことを意味しますが、「殺菌」は医薬品・医薬部外品にのみ使用できる用語であり科学的にその効果を示す必要があります。「除菌」はそれ以外の製品に使用できます。
「滅菌」はすべての微生物を完全に除去・不活化することを指します。
「無菌」はそれらとは少し違い、微生物が全く存在しない状態を指します。
また、「抗菌」は微生物の増殖を抑える作用を意味し、「除菌」や「殺菌」の後に用いられることが多いです。
インキュベーターでは、滅菌や抗菌対策を行い、微生物の侵入や増殖を防ぐことが重要です。
滅菌には高圧蒸気や化学的滅菌(ガス滅菌)などが用いられます。
抗菌対策には庫内を循環する空気に対してはHEPAフィルター、加湿水に対しては微生物増殖を抑えるグッズなどがあります。
それぞれの効果をよく理解し、適切な対策をおこなうことで、微生物という目に見えない侵略者から大切な細胞を守りましょう。
不安なことや、わからないことがあったらインキュベーターのメーカーに問い合わせるのも一手です。

あなたの細胞を守ってくれる人たちが居ます

信頼できるメーカーにお問い合わせください
きっとあなたの細胞培養から微生物を守ってくれることでしょう。