インキュベーターとは?

私たち人間をふくめた動物や植物、そして多くの生き物の体はとても小さな細胞からつくられています。

細胞は毎日少しずつ育って、それぞれの体の中で様々なはたらきをしています。

この細胞を体の外でも健康に育てるために欠かせないのが 「インキュベーター」 という特別な装置です。

細胞を育てる――と聞くと、なんだか難しそうに思えるかもしれません。

でも、細胞はまわりの環境をうまく整えてあげると、体の外でも育てていくことができます。

こうした技術を 「細胞培養(さいぼうばいよう)」 といい、病気の治療や薬の開発などライフサイエンスの世界でとても重要な役割を担っています。

この記事では、インキュベーターがどんな仕組みで、どんな役割をしているのかを、わかりやすく説明していきます。

インキュベーターって、どんな装置?

インキュベーターは一言でいうと、「細胞のためのあたたかくて快適な家」のような装置です。

青空の下に建つ、現代的なデザインの一軒家。ライトグレーの壁に白い窓枠が特徴で、玄関前にはきれいに整備された庭と石畳のアプローチがある。

このインキュベーターの中にはディッシュやフラスコといった培養容器を置きます。

これらの容器の中には細胞が育つために必要な栄養がふくまれた培地が入っています。

そして、その培地の中に細胞を入れて育てます。

イメージとしては、培養容器が「細胞のための部屋」

培地は「細胞のための食べ物」と考えるとわかりやすいでしょう。

もともと体の中にいた細胞を体の外で育てるためには、細胞が体の中に居た時と同じような環境を再現してあげることが大切です。

そのため、インキュベーターではまず体内と同じような温度に保ちます。次に培地が乾燥しないように湿度を高く保ちます。

さらに細胞が育ちやすいpHを保つために二酸化炭素の濃度を保つことで、細胞が快適に育つ環境をつくり出します。

また、培養の目的や細胞の種類によっては酸素の濃度を調整することもあります。

インキュベーターは、こうした環境を自動で調整・管理し、細胞が元気に育つ環境を維持してくれる装置です。

どんな場面で使われているの?

インキュベーターは、さまざまな場面で使われており、私たちをはじめとした生命の健康や医療の進歩などを支えています。

  • 基礎研究:細胞の増殖や老化のメカニズムや、遺伝子やタンパク質のはたらきの解明など、生命のしくみを詳しく調べるために使われます。

  • 創薬(そうやく):新しい薬をつくるとき、まずは細胞に薬を与えて、その効果や副作用を調べるために使われます。

  • 再生医療:けがや病気で傷ついた組織や臓器などを再生させるために、患者さん自身の細胞などを培養するために使われます。

  • 不妊治療:体の外で精子や卵子、受精卵を育てるといった新しい命を守る医療の場面で使われます。

  • ワクチン・検査薬:ウイルスや細菌に対するワクチンや、それらを検出する薬をつくる場面で使われます。

  • 食品・化粧品:ヒトや動物にとって安全かどうかを確かめるため、細胞を使って刺激や影響を調べる場面で使われます。

このように、インキュベーターは研究、医療、産業などさまざまな場面で活躍している、とても重要な装置の一つです。

主な機能とその役割

1. 温度の維持

細胞を育てるには、体の中と同じような温度を維持する必要があります。

私たちのような多くの哺乳類由来の細胞は 37℃ でよく育ちます。

そのためインキュベーターには、高精度な温度センサーやヒーターが内蔵されており、常に一定の温度をキープすることができます。

また、培養する細胞の種類や、培養の目的によっては37℃以外の温度を設定することもありますが、その温度を常にキープすることが大切です。

さらに、インキュベーターの内部で温度ムラが生じると、その周囲が結露するときがあります。

結露が発生すると湿度の低下を引き起こすおそれがあります。

(ご注意)画像では外部からの温度をケーブルを通して引き込んだり、外扉を開放したりなど意図的に結露を引き起こしています。

そのため、内部全体で均一な温度を維持することが非常に重要です

2. 二酸化炭素(CO₂)濃度の維持

細胞を育てるための培地には、細胞が育つのに必要な栄養だけでなく、pH(酸性・アルカリ性の度合いを示す指標)を安定させる成分もふくまれています。

その中でも特に重要なのが炭酸水素ナトリウム(家庭では重曹としても知られています)です。

これは二酸化炭素と反応することで、培地のpHを細胞にとって最適な範囲に維持してくれます。

ところが、私たちが普段吸っている空気にふくまれる二酸化炭素の濃度はとても少なく、室内でもたったの0.06%ほどしかありません。

理研計器製のCO2モニター「CO2RK-Lite」が実験室の机に置かれている。緑色のデジタル画面にはCO2濃度616ppmと表示されている。背景には試験管立てに立てられたチューブが見える。

この量ではpHを維持するには足りないので、CO₂ガスボンベなどから二酸化炭素をインキュベーターへ送り込むことで、培地のpHを維持するために必要な濃度としています。

その濃度は培地の成分によって異なりますが、多くの場合が5.0%で設定されています。

この仕組みを正しく機能させるために、インキュベーターには二酸化炭素ガスのセンサーが内蔵されており、ガスの濃度を常にチェックしています。

そして必要に応じてバルブを開閉することで、内部のガス濃度が一定となるように調整しています。

3. 湿度の維持

細胞やそれを培養するための培地が乾燥しないように、インキュベーター内は常に高い湿度に保たれています。

先ほどのpHを維持するための二酸化炭素や、細胞が生きていくために必要な酸素などのガスが培地へ届くように、ほとんどの培養容器はわずかなスキマがあります。

ディッシュやシャーレではフタの内側に小さな突起があり、わずかにフタが浮くようになっています。

このスキマを通じた培地の水分の蒸発を防ぐため、多くのインキュベーターは100%に近い、高い湿度を維持する必要があります。

そのため、インキュベーターの内部に水の入ったトレイを置いたり、加湿機能を搭載させています。

なお、培養容器が密閉されていたり、ミネラルオイルが培地を覆っているなど培養の種類によっては湿度を必要としないこともあります。

インキュベーターの種類

インキュベーターの基本的な役割は、「細胞にとって最適な環境をコントロールすること」です。

温度を安定させるためのヒーターや各種センサー、ファンの他CO₂などガスの供給口などがあり、これらが連携して環境を安定させます。

加温方式から分けたインキュベーターの種類

インキュベーターは二重構造になっていて、細胞を培養する内側の空間(庫内)と、それを取り囲んで外部の温度や環境の変化から守る空間に分かれています。

庫内の温度を安定するための加温方式から、次の2つに分けることができます。

1. ダイレクトヒート型

インキュベーターの外壁と庫内の間には空気があり、庫内をヒーターが直接加温することで温度を一定に保つタイプ。

エアジャケット式インキュベーターの構造模式図。内部チャンバーの周囲に空気層があり、その外側からヒーターで加熱する仕組みが示されている。

扉を開閉した時の温度の立ち上がり(復帰)が早く、軽量でコンパクトに設計できるほか、乾熱滅菌機能を備えることで庫内を清潔に保ちやすいという特徴があります。

2. ウォータージャケット型

インキュベーターの外壁と庫内の間にある空間を水で満たし、それを加温することで温度を一定に保つタイプ。

熱をたくわえやすい水が取り囲んでいるため、扉を開閉した時の温度変化がゆっくりとなるほか、不意の停電による影響が少ないという特徴があります。

また庫内をより均一に加温できるため、温度ムラが発生しづらく、高い湿度を長期間維持できることも特長です。

大きさ・形のバリエーショ

・小型(卓上タイプ)
省スペースに置くことができ、細胞の種類別や実験別といったグループ分けして培養するときに向いています。


・中型~大型
複数の棚や引き出し付きで、同時に多数の培養容器を培養することができます。

細胞培養フラスコで満たされたインキュベーター。手袋をはめた手が内側のガラス扉を開けており、棚にはピンク色の培地が入ったフラスコが整然と並んでいる。

・2段連結(積み重ね)
インキュベーター自体を重ねたり、専用の架台を使って積み重ねることで、限られた空間を有効に活用することができます。

メンテナンスと注意点

インキュベーターを安心・安全に使い続けるには、定期的なメンテナンスや点検などがとても大切です。

  • 清掃:定期的に庫内の棚や水トレイを洗浄し、消毒用アルコールなどで表面を清浄に保ちます。

  • 加湿用水の交換:湿度維持のための水には細胞培養の大敵となる微生物が繁殖することがあるので、定期的な交換が必要です。

  • フィルター交換:庫内を清浄に保つためにHEPAフィルターなどの高性能フィルターがファンの周りに付いている場合は、定期的な交換が推奨されます。

  • ガス濃度の点検:培地のpHを維持するために重要な二酸化炭素や、場合によっては酸素といったガスの濃度が正しく制御されているかを確認することが必要です。

  • 周辺機器の確認:ガスボンベのガス残量や、異常発生を知らせる警報装置が正しく動作するかを確認することも重要です。

  • メーカー対応:万一の機械的なトラブルの発生時や、操作に不安があるとき、ガス濃度の確認などに素早く対応できる担当者がそばにいてくれることも大切です。

最近のインキュベーターはもっと便利に!

近年はインキュベーターの技術も進化しています。

・タッチパネル操作
温度やガス濃度などを直感的に設定できるほか、ボタン式よりも清掃がしやすいなどのメリットがあります。

また培養している細胞の様子をパネルに表示することもできます。

CO2インキュベーターのタッチパネル式コントローラーのホーム画面。温度が37.0℃、CO2濃度が5.0%に設定されていることを示している。青い手袋をした指が画面に触れている。

・ログ・アラート通知機能
庫内の温度やガス濃度をログとして記録するほか、異常があると音や光、メールなどで知らせます。

・タイムラプス撮影機能
カメラと照明を組み込み、細胞に起こる変化をリアルタイムで記録することができます。

・自動培養
さまざまなセンサーやポンプなどの装置を組み合わせることで、作業者が手を使わなくても、培地の交換や細胞の回収などの作業を自動でおこなうことができます。

・自動ガス切替え機能
予備のガスボンベを接続し、一方のガスが無くなった場合に自動的に予備ボンベへ切り替えます。

・IoT対応

スマートフォンやPCから遠隔でインキュベーターの状況や、培養している細胞の状態を確認することができます。

これらの機能により、より安全で効率的な細胞培養が可能になっています。

まとめ:インキュベーターは、細胞のための快適な「お家」

インキュベーターは、細胞のためのあたたかくて安全で快適な「お家」と言えます。

温度や湿度、CO₂ガス濃度などを細かく管理することで、細胞たちは安心してすくすくと育つことができます。

細胞培養に関わる仕事や研究にとって、インキュベーターはまさに『縁の下の力持ち』といえる存在。

これから細胞培養を学んでいく方にとって、まずはこの「お家」の仕組みを知ることが第一歩です。

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この記事を書いた人
株式会社アステックでiPS細胞や動物の胚(受精卵)を使って、「こんなの見たことない!」と言われるような新しい細胞培養システムを日々開発中。博士(学術)と技術士(生物工学)の資格持ちだが、肩書きよりも実験とアイデア勝負が好き。 趣味は自転車、料理、ジョギング。いつか宇宙での細胞培養を目指して、日々の業務では神経細胞を、休日は自転車競技で筋肉細胞を鍛えている研究員。